とうほうネチョロダ/東方四季想話/第7話
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~ 「紅魔館のメイド長が、私に何の用?」~ 「……頼みがあるの」~ 「それは当主の依頼? それともあなた自身の?」~ 「両方…いいえ、これは紅魔館の総意よ」~ 「そう…分かったわ。それで、どんな頼み?」~ 「春を、少し分けて欲しいの」~ 「…春を? でも前みたいに、強引に集めたりはしてないけど?」~ 「前に、使われずじまいの春があるんじゃない?」~ 「まあね」~ 「それを分けて欲しいの。桜一本咲かせるくらいのでいいから」~ 「何か、理由がありそうね…」~ 「………………ええ」~ 「…聞かせて頂戴?」~ ~ ~ ~ 幻想郷の冬も厳しさは峠を越し、徐々にではあるが寒さも緩み始めていた。~ 「………出来た」~ 魔理沙は、目の前にある紙の束を見つめた。霊夢の為に残す、自分の持っているアイテムの効果、使い方を記したものである。~ 「良かった……」~ 本当に安心した。自分の命が尽きる前に終わらせる事が出来た。~ 「ふう………っ! げほっ! げほっ!!」~ 途端、悲鳴を上げる体。やはり長い間のこの作業は、魔理沙の体に相当の負荷をかけていた。~ 「くっ……! はあっ………!!」~ 全身を駆け巡る痛み。耐えきれず、畳に倒れ込む。~ 「ごほっ………」~ 寒い。熱が、体温が、奪われていく。~ 「魔理沙ー。ご飯出来た―――」~ ガシャンッ!! 食器の、落ちる音。~ 「魔理沙っっ!!!」~ お盆を投げ出して、霊夢が魔理沙に駆け寄る。~ 「魔理沙……!! しっかりして……!!」~ 「霊、夢―――寒、い―――」~ 「魔理沙……!」~ ぎゅっ………!~ 「私が、私が、温めてあげる……! だから、頑張って……!!」~ 「あ……ああ………霊夢……ありがとう………」~ 「魔理沙………魔理沙………」~ 「霊夢……お前の体………温かいよ………」~ ~ 霊夢の熱が服を伝わり、魔理沙の体に伝わる。この暖かさを、忘れる事は無いだろう。~ ~ ~ 「霊夢……これが私のアイテム図鑑だ」~ 体調が落ち着いた次の日、魔理沙は霊夢にアイテム図鑑を渡した。~ 「これが……? 魔理沙、凄い……」~ 「どうだ…? 少しは役に立つと思うけど……」~ 「ううん…大切にする……。魔理沙、ありがとう……」~ 大事そうに、胸に抱える。~ 「そうか、良かった……。これで私も、安心して―――」~ 言葉は、続かない。霊夢の唇で、塞がれたから。~ 「………言わないで………」~ 「―――霊夢。……すまん」~ 「魔理沙……生きようよ…。辛いかもしれないけど、諦めちゃ、駄目よ………嫌よ………」~ 「ああ……」~ ~ ここで、終わりじゃない。いつだって、どこだって、新しい何かは、始まっているのだから。~ ~ ~ ~ 例えば、霊夢との生活。~ ~ ~ ~ 寒いの厳しい日は、部屋で過ごす。~ 「ねえ魔理沙。このアイテムって、マズいんじゃないの?」~ 「ん? ああ、これか。これはな、このアイテムと一緒に置いておけば、大丈夫だ」~ 「変なの」~ 「書き足しておくぜ」~ ~ ~ ~ 寒さの緩んだ日は、縁側で、日向ぼっこ。~ 「おい霊夢、起きろって」~ 「くー………」~ 「そろそろ、昼飯時なんだが」~ 「くー………」~ 「………全く、しょうがないな………」~ ~ ~ ~ 夜は、互いの温もりを感じながら、眠りにつく。~ 「魔理沙……寒くない?」~ 「霊夢がいるから、平気だ」~ 「……良かった」~ 「こら、布団に潜るな」~ 「………ふふ」~ ~ ~ 互いを想いながら、毎日を過ごす。~ なんて平凡で、幸せな日々。~ ~ ~ ~ ~ しかし―――~ ~ ~ ~ 「魔理沙………具合は、どう…?」~ 「ああ………」~ ある日、魔理沙が高熱を出した。今までで、一番酷いものだった。~ 「ちょっと待っててね……替えのタオル、持ってくるから……」~ 部屋を出る霊夢。嫌な予感が止まらない。払っても払っても、まとわりついてくる。~ 「……魔理沙……」~ 涙も、止まらない。駄目。こんな顔、魔理沙に見せられない。そう思って、無理にでも顔を直す。でも、なかなか直ってくれなかった。~ ~ 「ふう………っ…」~ 朦朧とする意識の中、魔理沙は何かと戦っていた。自分をどこかへと連れて行こうとする何か。~ 「まだだ…まだ、駄目なんだよ………!」~ 必死に、抗う。~ 「霊夢に……渡さなきゃ、ならないんだよ………!!」~ 魔理沙の戦いは、深夜まで続いた。~ ~ ~ 「……理沙………魔………魔理沙……」~ 誰かが呼ぶ声。この声は―――~ 「……霊………夢………?」~ 目の前に、よく知る巫女の顔。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。~ 「良かった…! 起きてくれた……!」~ 目元を拭いながら、微笑む霊夢。随分と、心配をかけたらしい。~ 「朝だからな……起きなきゃな……」~ 「うん……そうだね……」~ そう言って、魔理沙の手を握る。霊夢の手は、どこまでも温かかった。~ ~ 魔理沙の熱は、朝になってあっさりと引いた。理由は分からないが、とにかく熱が引いた事が素直に嬉しかった。~ ~ ~ 「なあ、霊夢……」~ 「なあに?」~ 「たまには、外を歩きたいんだが……」~ その日の昼過ぎ、魔理沙がそんな事を言い出した。~ 「えっ……大丈夫なの………?」~ 「体を動かさないと、腐っちまいそうだ」~ 思案する、霊夢。魔理沙の体調を考えると止めたくなるが、しかし無下に断る事も出来ない。~ 「…分かったわ。でも……無理はしないでね……?」~ 「ああ」~ ~ そして今日は、境内を散歩する事にした。寝巻では寒いと思い、魔理沙の家から彼女の服を持ってくる。~ ~ 「久しぶりだぜ、この格好は」~ 「やっぱり魔理沙には、その服が似合うわね」~ 「そうか?」~ 「そうよ。はい、帽子」~ 魔理沙のシンボルとも言える服を着込み、部屋を出る。少し風が吹いていたが、日差しは出ているので、あまり寒くは無かった。~ 「…寒くない?」~ 「ああ、平気だ」~ 魔理沙を肩で支え、ゆっくりと歩き出す。やはり、以前よりも体が軽かった。~ ~ ~ 長い時間をかけて、神社を回る。そして、境内裏まで来た時。霊夢の目に、何かが飛び込んできた。~ ~ 「―――え?」~ ~ 「どうした? 霊夢…」~ 「……今、何かの花びらが……これは……」~ 足元に落ちた花びらを見る。~ 「………桜?」~ 「おいおい。いくら何でもこの季節はまだ―――」~ そう言った魔理沙の目にも、確かに桜の花びらに見えた。~ 「……どういう事?」~ 周りを見回す霊夢。すると―――~ 「―――桜が―――」~ 咲いていた。神社裏の桜林の奥の方。少し開けた場所にある、一本の桜。その桜だけ、狂おしいばかりに花を咲かせていた。~ 「何、で…?」~ いくら春が近付いたと言っても、まだ寒いこの季節。こんな時期に、しかも一本だけ満開なんて。怪しむ霊夢だったが、~ 「…行ってみようぜ」~ 魔理沙は、そう言った。~ 「え、でも……」~ 「…花見、しようぜ」~ 「………」~ 「……いいだろ?」~ 「………うん。じゃあ、茣蓙を取りに行かなきゃ……」~ 「そうだな」~ 悩む事は無かった。魔理沙と一緒に、楽しい事がしたかったから。~ ~ ~ 「…綺麗」~ 「ああ…綺麗…だな…」~ 霊夢は茣蓙に正座をし、魔理沙に膝枕をして桜を眺めた。こうしてのんびり桜を見るのは、心が安らぐ。~ 「でも、そうか……そろそろ…桜の季節なんだな……」~ 「まだちょっと早いわよ…?」~ 「はは…そうか」~ 魔理沙も、心なしか表情が明るい。やっぱり、ここに来てよかった。~ 「そうなると…花見をしながらの宴会か……今年も賑やかなんだろうな……」~ 「そうね…」~ 「やっぱり…紅魔館の皆を呼ばなきゃな………………あの亡霊達は………勝手に来そうだな」~ 「ふふ、そうかも」~ 「今度は…あのすきま妖怪達も呼んでみるか」~ 「……大変そう」~ 二人、話が弾む。~ 「一人や二人や三人くらい……どうって事無いだろ?」~ 「そうだけど………あっ」~ 「…どうした?」~ 急に、霊夢の言葉が止まった。~ 「あのね、魔理沙………」~ 「何だ?」~ 「実はね、私ね―――」~ ~ ~ ~ その頃、二人の様子を遠くから見つめる人影が二つあった。~ ~ ~ 「…ありがとう。感謝するわ」~ 「これくらい、どうって事無いわよ」~ 「…そうね。………それで…やっぱり、今日なの………?」~ 「………ええ。今日よ」~ 「あなたには…どうする事も出来ないの?」~ 「無理よ……感じる事は出来るけどね。どうこう出来る訳じゃないわ」~ 「………そう」~ 「ねえ…」~ 「…何?」~ 「泣いてるの?」~ 「……泣いて……ないわよ……」~ 「…そう。それじゃあ、私は帰るわね」~ 「じゃあ…私も」~ 「いいの?」~ 「これ以上ここにいても、辛くなるだけ……」~ 「…そう」~ 「それじゃあね………」~ 「『願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ』………」~ 「………え?」~ 「…何でもないわ。さようなら」~ 「……さようなら……」~ ~ ~ ~ 「―――本当か? 霊夢…」~ 「……うん。たぶん」~ 「そうか…良かった……!」~ 破顔する魔理沙。これほど嬉しい事は、他に無かった。~ 「ありがとう。魔理沙のおかげよ……」~ 「そうか……うん…うん………良かった………それじゃあ…私も霊夢に……」~ そう言って、ごそごそとポケットを探る魔理沙。そして取り出したものは……小さな、箱。~ 「これは……?」~ 「いいから…手、出して…」~ 「あ、うん」~ 霊夢は言われた通り、右手を差し出す。~ 「違う違う…こっちじゃない…こっちだよ………」~ すっ……~ 魔理沙は、下がったままの霊夢の左手を上げ、その薬指に、箱から出したものを、通す。~ ~ 「――――――あ――――――」~ 霊夢の指に嵌められたのは、小さな石が光る、指輪。~ ~ 「魔理沙―――これ―――」~ 「それはな…呪いのアイテムだ…その指輪をつけられた者は…つけた者を一生忘れられなくなる…恐怖のアイテム………」~ 「魔理沙………!」~ 「その呪いを発動させる条件は………んっ………」~ 「………んんっ………」~ その条件は、互いの口付け。~ 「ありがとう……魔理沙………!」~ 「霊夢………」~ そして、もう一度、口付け。~ ~ ~ ~ 一生、忘れない。~ ~ ~ 忘れる訳が無い。~ ~ ~ 何があっても、絶対に。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ―――楽しかった時も、嬉しかった時も、悲しかった時も、やがて終わりを告げる。~ ~ ~ 陽が傾き始める。気温も、徐々に下がってきた。しかし、二人は未だ桜の木の下にいた。~ ~ はらはらと舞い落ちる桜の花びら。魔理沙の体に、少しづつ積もってゆく。~ ~ 払おうとはしない。ただ、ゆったりと、見つめる。~ ~ 「少し、寒くなってきたかしら……?」~ ~ 「…そう、だな………」~ ~ 「魔理沙………大丈夫………?」~ ~ 「………霊夢がいるから、暖かい………………」~ ~ 「…そう…良かった……」~ ~ 魔理沙の言葉が、途切れ途切れになる。~ ~ 「ねえ………魔理沙………」~ ~ 「………………」~ ~ 「もう少ししたら春が来るから………一緒にお花見しようね………」~ ~ 「………………ああ………………」~ ~ 「皆で騒ぐのも楽しい………けど………やっぱり、二人っきりでお花見、したいな………………」~ ~ 「………………ああ………………」~ ~ 「春が終わっても………夏が来る………。夏が終わっても………秋が来る………。秋が終わっても………冬が来る………。冬が終わっても………春が来る………。いくらだって、時は巡ってくる………楽しい事も、いくらだって巡ってくるわ………」~ ~ 「………………」~ ~ 「これからの季節………ずうっと………魔理沙と一緒にいたいな………」~ ~ 「………………」~ ~ 「魔理沙………私、ずっと、魔理沙と、一緒に―――」~ ~ ~ すっ………~ ~ ~ 霊夢の頬に、魔理沙の手が伸ばされる。霊夢は、それを両手で優しく包み込む。~ ~ 「………………………………」~ ~ 何かを伝えようと動く、魔理沙の口。しかし、その声は聞こえない。~ ~ ~ それでも、霊夢の耳には、魔理沙の声がしっかりと届く。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ありがとう~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ れいむ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ あいしてる~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 「うん………………うん………………!!」~ ~ 聞きたかった、言葉。~ ~ 「私も………………!! 魔理沙………………!! 愛してる………愛してるよ………………!!!」~ ~ 伝えたかった、言葉。~ ~ 「………………………………………………………………!!!!」~ ~ ~ 確かに握っていたはずの、魔理沙の手。~ ~ ~ でも。~ ~ ~ もうそれは、霊夢の手からすり抜けて。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ とさり と 地面に 落ちる。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 「………………………………………………………………!!!!!!」~ ~ ~ ~ 声にならない声。~ ~ ~ 言葉にならない言葉。~ ~ ~ ~ ~ ~ ありがとう~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ さようなら~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ わたしの あいする ひと~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
タイムスタンプを変更しない
~ 「紅魔館のメイド長が、私に何の用?」~ 「……頼みがあるの」~ 「それは当主の依頼? それともあなた自身の?」~ 「両方…いいえ、これは紅魔館の総意よ」~ 「そう…分かったわ。それで、どんな頼み?」~ 「春を、少し分けて欲しいの」~ 「…春を? でも前みたいに、強引に集めたりはしてないけど?」~ 「前に、使われずじまいの春があるんじゃない?」~ 「まあね」~ 「それを分けて欲しいの。桜一本咲かせるくらいのでいいから」~ 「何か、理由がありそうね…」~ 「………………ええ」~ 「…聞かせて頂戴?」~ ~ ~ ~ 幻想郷の冬も厳しさは峠を越し、徐々にではあるが寒さも緩み始めていた。~ 「………出来た」~ 魔理沙は、目の前にある紙の束を見つめた。霊夢の為に残す、自分の持っているアイテムの効果、使い方を記したものである。~ 「良かった……」~ 本当に安心した。自分の命が尽きる前に終わらせる事が出来た。~ 「ふう………っ! げほっ! げほっ!!」~ 途端、悲鳴を上げる体。やはり長い間のこの作業は、魔理沙の体に相当の負荷をかけていた。~ 「くっ……! はあっ………!!」~ 全身を駆け巡る痛み。耐えきれず、畳に倒れ込む。~ 「ごほっ………」~ 寒い。熱が、体温が、奪われていく。~ 「魔理沙ー。ご飯出来た―――」~ ガシャンッ!! 食器の、落ちる音。~ 「魔理沙っっ!!!」~ お盆を投げ出して、霊夢が魔理沙に駆け寄る。~ 「魔理沙……!! しっかりして……!!」~ 「霊、夢―――寒、い―――」~ 「魔理沙……!」~ ぎゅっ………!~ 「私が、私が、温めてあげる……! だから、頑張って……!!」~ 「あ……ああ………霊夢……ありがとう………」~ 「魔理沙………魔理沙………」~ 「霊夢……お前の体………温かいよ………」~ ~ 霊夢の熱が服を伝わり、魔理沙の体に伝わる。この暖かさを、忘れる事は無いだろう。~ ~ ~ 「霊夢……これが私のアイテム図鑑だ」~ 体調が落ち着いた次の日、魔理沙は霊夢にアイテム図鑑を渡した。~ 「これが……? 魔理沙、凄い……」~ 「どうだ…? 少しは役に立つと思うけど……」~ 「ううん…大切にする……。魔理沙、ありがとう……」~ 大事そうに、胸に抱える。~ 「そうか、良かった……。これで私も、安心して―――」~ 言葉は、続かない。霊夢の唇で、塞がれたから。~ 「………言わないで………」~ 「―――霊夢。……すまん」~ 「魔理沙……生きようよ…。辛いかもしれないけど、諦めちゃ、駄目よ………嫌よ………」~ 「ああ……」~ ~ ここで、終わりじゃない。いつだって、どこだって、新しい何かは、始まっているのだから。~ ~ ~ ~ 例えば、霊夢との生活。~ ~ ~ ~ 寒いの厳しい日は、部屋で過ごす。~ 「ねえ魔理沙。このアイテムって、マズいんじゃないの?」~ 「ん? ああ、これか。これはな、このアイテムと一緒に置いておけば、大丈夫だ」~ 「変なの」~ 「書き足しておくぜ」~ ~ ~ ~ 寒さの緩んだ日は、縁側で、日向ぼっこ。~ 「おい霊夢、起きろって」~ 「くー………」~ 「そろそろ、昼飯時なんだが」~ 「くー………」~ 「………全く、しょうがないな………」~ ~ ~ ~ 夜は、互いの温もりを感じながら、眠りにつく。~ 「魔理沙……寒くない?」~ 「霊夢がいるから、平気だ」~ 「……良かった」~ 「こら、布団に潜るな」~ 「………ふふ」~ ~ ~ 互いを想いながら、毎日を過ごす。~ なんて平凡で、幸せな日々。~ ~ ~ ~ ~ しかし―――~ ~ ~ ~ 「魔理沙………具合は、どう…?」~ 「ああ………」~ ある日、魔理沙が高熱を出した。今までで、一番酷いものだった。~ 「ちょっと待っててね……替えのタオル、持ってくるから……」~ 部屋を出る霊夢。嫌な予感が止まらない。払っても払っても、まとわりついてくる。~ 「……魔理沙……」~ 涙も、止まらない。駄目。こんな顔、魔理沙に見せられない。そう思って、無理にでも顔を直す。でも、なかなか直ってくれなかった。~ ~ 「ふう………っ…」~ 朦朧とする意識の中、魔理沙は何かと戦っていた。自分をどこかへと連れて行こうとする何か。~ 「まだだ…まだ、駄目なんだよ………!」~ 必死に、抗う。~ 「霊夢に……渡さなきゃ、ならないんだよ………!!」~ 魔理沙の戦いは、深夜まで続いた。~ ~ ~ 「……理沙………魔………魔理沙……」~ 誰かが呼ぶ声。この声は―――~ 「……霊………夢………?」~ 目の前に、よく知る巫女の顔。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。~ 「良かった…! 起きてくれた……!」~ 目元を拭いながら、微笑む霊夢。随分と、心配をかけたらしい。~ 「朝だからな……起きなきゃな……」~ 「うん……そうだね……」~ そう言って、魔理沙の手を握る。霊夢の手は、どこまでも温かかった。~ ~ 魔理沙の熱は、朝になってあっさりと引いた。理由は分からないが、とにかく熱が引いた事が素直に嬉しかった。~ ~ ~ 「なあ、霊夢……」~ 「なあに?」~ 「たまには、外を歩きたいんだが……」~ その日の昼過ぎ、魔理沙がそんな事を言い出した。~ 「えっ……大丈夫なの………?」~ 「体を動かさないと、腐っちまいそうだ」~ 思案する、霊夢。魔理沙の体調を考えると止めたくなるが、しかし無下に断る事も出来ない。~ 「…分かったわ。でも……無理はしないでね……?」~ 「ああ」~ ~ そして今日は、境内を散歩する事にした。寝巻では寒いと思い、魔理沙の家から彼女の服を持ってくる。~ ~ 「久しぶりだぜ、この格好は」~ 「やっぱり魔理沙には、その服が似合うわね」~ 「そうか?」~ 「そうよ。はい、帽子」~ 魔理沙のシンボルとも言える服を着込み、部屋を出る。少し風が吹いていたが、日差しは出ているので、あまり寒くは無かった。~ 「…寒くない?」~ 「ああ、平気だ」~ 魔理沙を肩で支え、ゆっくりと歩き出す。やはり、以前よりも体が軽かった。~ ~ ~ 長い時間をかけて、神社を回る。そして、境内裏まで来た時。霊夢の目に、何かが飛び込んできた。~ ~ 「―――え?」~ ~ 「どうした? 霊夢…」~ 「……今、何かの花びらが……これは……」~ 足元に落ちた花びらを見る。~ 「………桜?」~ 「おいおい。いくら何でもこの季節はまだ―――」~ そう言った魔理沙の目にも、確かに桜の花びらに見えた。~ 「……どういう事?」~ 周りを見回す霊夢。すると―――~ 「―――桜が―――」~ 咲いていた。神社裏の桜林の奥の方。少し開けた場所にある、一本の桜。その桜だけ、狂おしいばかりに花を咲かせていた。~ 「何、で…?」~ いくら春が近付いたと言っても、まだ寒いこの季節。こんな時期に、しかも一本だけ満開なんて。怪しむ霊夢だったが、~ 「…行ってみようぜ」~ 魔理沙は、そう言った。~ 「え、でも……」~ 「…花見、しようぜ」~ 「………」~ 「……いいだろ?」~ 「………うん。じゃあ、茣蓙を取りに行かなきゃ……」~ 「そうだな」~ 悩む事は無かった。魔理沙と一緒に、楽しい事がしたかったから。~ ~ ~ 「…綺麗」~ 「ああ…綺麗…だな…」~ 霊夢は茣蓙に正座をし、魔理沙に膝枕をして桜を眺めた。こうしてのんびり桜を見るのは、心が安らぐ。~ 「でも、そうか……そろそろ…桜の季節なんだな……」~ 「まだちょっと早いわよ…?」~ 「はは…そうか」~ 魔理沙も、心なしか表情が明るい。やっぱり、ここに来てよかった。~ 「そうなると…花見をしながらの宴会か……今年も賑やかなんだろうな……」~ 「そうね…」~ 「やっぱり…紅魔館の皆を呼ばなきゃな………………あの亡霊達は………勝手に来そうだな」~ 「ふふ、そうかも」~ 「今度は…あのすきま妖怪達も呼んでみるか」~ 「……大変そう」~ 二人、話が弾む。~ 「一人や二人や三人くらい……どうって事無いだろ?」~ 「そうだけど………あっ」~ 「…どうした?」~ 急に、霊夢の言葉が止まった。~ 「あのね、魔理沙………」~ 「何だ?」~ 「実はね、私ね―――」~ ~ ~ ~ その頃、二人の様子を遠くから見つめる人影が二つあった。~ ~ ~ 「…ありがとう。感謝するわ」~ 「これくらい、どうって事無いわよ」~ 「…そうね。………それで…やっぱり、今日なの………?」~ 「………ええ。今日よ」~ 「あなたには…どうする事も出来ないの?」~ 「無理よ……感じる事は出来るけどね。どうこう出来る訳じゃないわ」~ 「………そう」~ 「ねえ…」~ 「…何?」~ 「泣いてるの?」~ 「……泣いて……ないわよ……」~ 「…そう。それじゃあ、私は帰るわね」~ 「じゃあ…私も」~ 「いいの?」~ 「これ以上ここにいても、辛くなるだけ……」~ 「…そう」~ 「それじゃあね………」~ 「『願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ』………」~ 「………え?」~ 「…何でもないわ。さようなら」~ 「……さようなら……」~ ~ ~ ~ 「―――本当か? 霊夢…」~ 「……うん。たぶん」~ 「そうか…良かった……!」~ 破顔する魔理沙。これほど嬉しい事は、他に無かった。~ 「ありがとう。魔理沙のおかげよ……」~ 「そうか……うん…うん………良かった………それじゃあ…私も霊夢に……」~ そう言って、ごそごそとポケットを探る魔理沙。そして取り出したものは……小さな、箱。~ 「これは……?」~ 「いいから…手、出して…」~ 「あ、うん」~ 霊夢は言われた通り、右手を差し出す。~ 「違う違う…こっちじゃない…こっちだよ………」~ すっ……~ 魔理沙は、下がったままの霊夢の左手を上げ、その薬指に、箱から出したものを、通す。~ ~ 「――――――あ――――――」~ 霊夢の指に嵌められたのは、小さな石が光る、指輪。~ ~ 「魔理沙―――これ―――」~ 「それはな…呪いのアイテムだ…その指輪をつけられた者は…つけた者を一生忘れられなくなる…恐怖のアイテム………」~ 「魔理沙………!」~ 「その呪いを発動させる条件は………んっ………」~ 「………んんっ………」~ その条件は、互いの口付け。~ 「ありがとう……魔理沙………!」~ 「霊夢………」~ そして、もう一度、口付け。~ ~ ~ ~ 一生、忘れない。~ ~ ~ 忘れる訳が無い。~ ~ ~ 何があっても、絶対に。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ―――楽しかった時も、嬉しかった時も、悲しかった時も、やがて終わりを告げる。~ ~ ~ 陽が傾き始める。気温も、徐々に下がってきた。しかし、二人は未だ桜の木の下にいた。~ ~ はらはらと舞い落ちる桜の花びら。魔理沙の体に、少しづつ積もってゆく。~ ~ 払おうとはしない。ただ、ゆったりと、見つめる。~ ~ 「少し、寒くなってきたかしら……?」~ ~ 「…そう、だな………」~ ~ 「魔理沙………大丈夫………?」~ ~ 「………霊夢がいるから、暖かい………………」~ ~ 「…そう…良かった……」~ ~ 魔理沙の言葉が、途切れ途切れになる。~ ~ 「ねえ………魔理沙………」~ ~ 「………………」~ ~ 「もう少ししたら春が来るから………一緒にお花見しようね………」~ ~ 「………………ああ………………」~ ~ 「皆で騒ぐのも楽しい………けど………やっぱり、二人っきりでお花見、したいな………………」~ ~ 「………………ああ………………」~ ~ 「春が終わっても………夏が来る………。夏が終わっても………秋が来る………。秋が終わっても………冬が来る………。冬が終わっても………春が来る………。いくらだって、時は巡ってくる………楽しい事も、いくらだって巡ってくるわ………」~ ~ 「………………」~ ~ 「これからの季節………ずうっと………魔理沙と一緒にいたいな………」~ ~ 「………………」~ ~ 「魔理沙………私、ずっと、魔理沙と、一緒に―――」~ ~ ~ すっ………~ ~ ~ 霊夢の頬に、魔理沙の手が伸ばされる。霊夢は、それを両手で優しく包み込む。~ ~ 「………………………………」~ ~ 何かを伝えようと動く、魔理沙の口。しかし、その声は聞こえない。~ ~ ~ それでも、霊夢の耳には、魔理沙の声がしっかりと届く。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ありがとう~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ れいむ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ あいしてる~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 「うん………………うん………………!!」~ ~ 聞きたかった、言葉。~ ~ 「私も………………!! 魔理沙………………!! 愛してる………愛してるよ………………!!!」~ ~ 伝えたかった、言葉。~ ~ 「………………………………………………………………!!!!」~ ~ ~ 確かに握っていたはずの、魔理沙の手。~ ~ ~ でも。~ ~ ~ もうそれは、霊夢の手からすり抜けて。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ とさり と 地面に 落ちる。~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 「………………………………………………………………!!!!!!」~ ~ ~ ~ 声にならない声。~ ~ ~ 言葉にならない言葉。~ ~ ~ ~ ~ ~ ありがとう~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ さようなら~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ わたしの あいする ひと~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
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