「紅魔館のメイド長が、私に何の用?」
「……頼みがあるの」
「それは当主の依頼? それともあなた自身の?」
「両方…いいえ、これは紅魔館の総意よ」
「そう…分かったわ。それで、どんな頼み?」
「春を、少し分けて欲しいの」
「…春を? でも前みたいに、強引に集めたりはしてないけど?」
「前に、使われずじまいの春があるんじゃない?」
「まあね」
「それを分けて欲しいの。桜一本咲かせるくらいのでいいから」
「何か、理由がありそうね…」
「………………ええ」
「…聞かせて頂戴?」



 幻想郷の冬も厳しさは峠を越し、徐々にではあるが寒さも緩み始めていた。
「………出来た」
 魔理沙は、目の前にある紙の束を見つめた。霊夢の為に残す、自分の持っているアイテムの効果、使い方を記したものである。
「良かった……」
 本当に安心した。自分の命が尽きる前に終わらせる事が出来た。
「ふう………っ! げほっ! げほっ!!」
 途端、悲鳴を上げる体。やはり長い間のこの作業は、魔理沙の体に相当の負荷をかけていた。
「くっ……! はあっ………!!」
 全身を駆け巡る痛み。耐えきれず、畳に倒れ込む。
「ごほっ………」
 寒い。熱が、体温が、奪われていく。
「魔理沙ー。ご飯出来た―――」
 ガシャンッ!! 食器の、落ちる音。
「魔理沙っっ!!!」
 お盆を投げ出して、霊夢が魔理沙に駆け寄る。
「魔理沙……!! しっかりして……!!」
「霊、夢―――寒、い―――」
「魔理沙……!」
 ぎゅっ………!
「私が、私が、温めてあげる……! だから、頑張って……!!」
「あ……ああ………霊夢……ありがとう………」
「魔理沙………魔理沙………」
「霊夢……お前の体………温かいよ………」
 
 霊夢の熱が服を伝わり、魔理沙の体に伝わる。この暖かさを、忘れる事は無いだろう。

 
「霊夢……これが私のアイテム図鑑だ」
 体調が落ち着いた次の日、魔理沙は霊夢にアイテム図鑑を渡した。
「これが……? 魔理沙、凄い……」
「どうだ…? 少しは役に立つと思うけど……」
「ううん…大切にする……。魔理沙、ありがとう……」
 大事そうに、胸に抱える。
「そうか、良かった……。これで私も、安心して―――」
 言葉は、続かない。霊夢の唇で、塞がれたから。
「………言わないで………」
「―――霊夢。……すまん」
「魔理沙……生きようよ…。辛いかもしれないけど、諦めちゃ、駄目よ………嫌よ………」
「ああ……」

 ここで、終わりじゃない。いつだって、どこだって、新しい何かは、始まっているのだから。



 例えば、霊夢との生活。



 寒いの厳しい日は、部屋で過ごす。
「ねえ魔理沙。このアイテムって、マズいんじゃないの?」
「ん? ああ、これか。これはな、このアイテムと一緒に置いておけば、大丈夫だ」
「変なの」
「書き足しておくぜ」



 寒さの緩んだ日は、縁側で、日向ぼっこ。
「おい霊夢、起きろって」
「くー………」
「そろそろ、昼飯時なんだが」
「くー………」
「………全く、しょうがないな………」



 夜は、互いの温もりを感じながら、眠りにつく。
「魔理沙……寒くない?」
「霊夢がいるから、平気だ」
「……良かった」
「こら、布団に潜るな」
「………ふふ」


 互いを想いながら、毎日を過ごす。
 なんて平凡で、幸せな日々。




 しかし―――



「魔理沙………具合は、どう…?」
「ああ………」
 ある日、魔理沙が高熱を出した。今までで、一番酷いものだった。
「ちょっと待っててね……替えのタオル、持ってくるから……」
 部屋を出る霊夢。嫌な予感が止まらない。払っても払っても、まとわりついてくる。
「……魔理沙……」
 涙も、止まらない。駄目。こんな顔、魔理沙に見せられない。そう思って、無理にでも顔を直す。でも、なかなか直ってくれなかった。

「ふう………っ…」
 朦朧とする意識の中、魔理沙は何かと戦っていた。自分をどこかへと連れて行こうとする何か。
「まだだ…まだ、駄目なんだよ………!」
 必死に、抗う。
「霊夢に……渡さなきゃ、ならないんだよ………!!」
 魔理沙の戦いは、深夜まで続いた。


「……理沙………魔………魔理沙……」
 誰かが呼ぶ声。この声は―――
「……霊………夢………?」
 目の前に、よく知る巫女の顔。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。
「良かった…! 起きてくれた……!」
 目元を拭いながら、微笑む霊夢。随分と、心配をかけたらしい。
「朝だからな……起きなきゃな……」
「うん……そうだね……」
 そう言って、魔理沙の手を握る。霊夢の手は、どこまでも温かかった。

 魔理沙の熱は、朝になってあっさりと引いた。理由は分からないが、とにかく熱が引いた事が素直に嬉しかった。


「なあ、霊夢……」
「なあに?」
「たまには、外を歩きたいんだが……」
 その日の昼過ぎ、魔理沙がそんな事を言い出した。
「えっ……大丈夫なの………?」
「体を動かさないと、腐っちまいそうだ」
 思案する、霊夢。魔理沙の体調を考えると止めたくなるが、しかし無下に断る事も出来ない。
「…分かったわ。でも……無理はしないでね……?」
「ああ」

 そして今日は、境内を散歩する事にした。寝巻では寒いと思い、魔理沙の家から彼女の服を持ってくる。

「久しぶりだぜ、この格好は」
「やっぱり魔理沙には、その服が似合うわね」
「そうか?」
「そうよ。はい、帽子」
 魔理沙のシンボルとも言える服を着込み、部屋を出る。少し風が吹いていたが、日差しは出ているので、あまり寒くは無かった。
「…寒くない?」
「ああ、平気だ」
 魔理沙を肩で支え、ゆっくりと歩き出す。やはり、以前よりも体が軽かった。


 長い時間をかけて、神社を回る。そして、境内裏まで来た時。霊夢の目に、何かが飛び込んできた。

「―――え?」

「どうした? 霊夢…」
「……今、何かの花びらが……これは……」
 足元に落ちた花びらを見る。
「………桜?」
「おいおい。いくら何でもこの季節はまだ―――」
 そう言った魔理沙の目にも、確かに桜の花びらに見えた。
「……どういう事?」
 周りを見回す霊夢。すると―――
「―――桜が―――」
 咲いていた。神社裏の桜林の奥の方。少し開けた場所にある、一本の桜。その桜だけ、狂おしいばかりに花を咲かせていた。
「何、で…?」
 いくら春が近付いたと言っても、まだ寒いこの季節。こんな時期に、しかも一本だけ満開なんて。怪しむ霊夢だったが、
「…行ってみようぜ」
 魔理沙は、そう言った。
「え、でも……」
「…花見、しようぜ」
「………」
「……いいだろ?」
「………うん。じゃあ、茣蓙を取りに行かなきゃ……」
「そうだな」
 悩む事は無かった。魔理沙と一緒に、楽しい事がしたかったから。


「…綺麗」
「ああ…綺麗…だな…」
 霊夢は茣蓙に正座をし、魔理沙に膝枕をして桜を眺めた。こうしてのんびり桜を見るのは、心が安らぐ。
「でも、そうか……そろそろ…桜の季節なんだな……」
「まだちょっと早いわよ…?」
「はは…そうか」
 魔理沙も、心なしか表情が明るい。やっぱり、ここに来てよかった。
「そうなると…花見をしながらの宴会か……今年も賑やかなんだろうな……」
「そうね…」
「やっぱり…紅魔館の皆を呼ばなきゃな………………あの亡霊達は………勝手に来そうだな」
「ふふ、そうかも」
「今度は…あのすきま妖怪達も呼んでみるか」
「……大変そう」
 二人、話が弾む。
「一人や二人や三人くらい……どうって事無いだろ?」
「そうだけど………あっ」
「…どうした?」
 急に、霊夢の言葉が止まった。
「あのね、魔理沙………」
「何だ?」
「実はね、私ね―――」



 その頃、二人の様子を遠くから見つめる人影が二つあった。


「…ありがとう。感謝するわ」
「これくらい、どうって事無いわよ」
「…そうね。………それで…やっぱり、今日なの………?」
「………ええ。今日よ」
「あなたには…どうする事も出来ないの?」
「無理よ……感じる事は出来るけどね。どうこう出来る訳じゃないわ」
「………そう」
「ねえ…」
「…何?」
「泣いてるの?」
「……泣いて……ないわよ……」
「…そう。それじゃあ、私は帰るわね」
「じゃあ…私も」
「いいの?」
「これ以上ここにいても、辛くなるだけ……」
「…そう」
「それじゃあね………」
「『願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ』………」
「………え?」
「…何でもないわ。さようなら」
「……さようなら……」



「―――本当か? 霊夢…」
「……うん。たぶん」
「そうか…良かった……!」
 破顔する魔理沙。これほど嬉しい事は、他に無かった。
「ありがとう。魔理沙のおかげよ……」
「そうか……うん…うん………良かった………それじゃあ…私も霊夢に……」
 そう言って、ごそごそとポケットを探る魔理沙。そして取り出したものは……小さな、箱。
「これは……?」
「いいから…手、出して…」
「あ、うん」
 霊夢は言われた通り、右手を差し出す。
「違う違う…こっちじゃない…こっちだよ………」
 すっ……
 魔理沙は、下がったままの霊夢の左手を上げ、その薬指に、箱から出したものを、通す。

「――――――あ――――――」
 霊夢の指に嵌められたのは、小さな石が光る、指輪。

「魔理沙―――これ―――」
「それはな…呪いのアイテムだ…その指輪をつけられた者は…つけた者を一生忘れられなくなる…恐怖のアイテム………」
「魔理沙………!」
「その呪いを発動させる条件は………んっ………」
「………んんっ………」
 その条件は、互いの口付け。
「ありがとう……魔理沙………!」
「霊夢………」
 そして、もう一度、口付け。



 一生、忘れない。
 

 忘れる訳が無い。

 
 何があっても、絶対に。





























 ―――楽しかった時も、嬉しかった時も、悲しかった時も、やがて終わりを告げる。


 陽が傾き始める。気温も、徐々に下がってきた。しかし、二人は未だ桜の木の下にいた。

 はらはらと舞い落ちる桜の花びら。魔理沙の体に、少しづつ積もってゆく。

 払おうとはしない。ただ、ゆったりと、見つめる。

「少し、寒くなってきたかしら……?」

「…そう、だな………」

「魔理沙………大丈夫………?」

「………霊夢がいるから、暖かい………………」

「…そう…良かった……」

 魔理沙の言葉が、途切れ途切れになる。

「ねえ………魔理沙………」

「………………」

「もう少ししたら春が来るから………一緒にお花見しようね………」

「………………ああ………………」

「皆で騒ぐのも楽しい………けど………やっぱり、二人っきりでお花見、したいな………………」

「………………ああ………………」

「春が終わっても………夏が来る………。夏が終わっても………秋が来る………。秋が終わっても………冬が来る………。冬が終わっても………春が来る………。いくらだって、時は巡ってくる………楽しい事も、いくらだって巡ってくるわ………」

「………………」

「これからの季節………ずうっと………魔理沙と一緒にいたいな………」

「………………」

「魔理沙………私、ずっと、魔理沙と、一緒に―――」


 すっ………


 霊夢の頬に、魔理沙の手が伸ばされる。霊夢は、それを両手で優しく包み込む。

「………………………………」

 何かを伝えようと動く、魔理沙の口。しかし、その声は聞こえない。


 それでも、霊夢の耳には、魔理沙の声がしっかりと届く。






 ありがとう








 れいむ


























 あいしてる


















「うん………………うん………………!!」

 聞きたかった、言葉。

「私も………………!! 魔理沙………………!! 愛してる………愛してるよ………………!!!」

 伝えたかった、言葉。

「………………………………………………………………!!!!」


 確かに握っていたはずの、魔理沙の手。


 でも。


 もうそれは、霊夢の手からすり抜けて。





























 とさり と 地面に 落ちる。




























「………………………………………………………………!!!!!!」



 声にならない声。


 言葉にならない言葉。

 



 ありがとう










 さようなら


























 わたしの あいする ひと


























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Last-modified: 2018-01-07 (日) 04:56:13 (2300d)