~
 どんなに楽しい事があっても、どんなに悲しい事があっても、時は流れてゆく。~
 人の想いを残したまま。人の想いを乗せたまま―――~
~
~
 あの冬の別れから数年後。今でも時々思う事がある。あの人と共に過ごした日々は、夢だったのではないかと。~
~
 ―――いや、違う。あの日々は、確かにあった現実。それを証明するもの。霊夢の指に光る指輪と、膝の上で静かな寝息を立てる、小さな命。~
~
 暖かな、春の日差し。一面満開に咲く桜には、命を感じさせる。~
「………ふあ」~
「…あら、起きたの? 真梨紗」~
「ん~………おはよう……かあさま……」~
「もう『おはよう』って時間でもないけどね」~
「あ……うう」~
「ふふ、ごめんね。じゃあ、おやつでも食べましょうか?」~
「……うん!」~
~
 数年前、辛い別れを経験した冬。その時、霊夢は子供を身篭っていた。霊夢は生まれたその子供を、『真梨紗』と名付けた。それは、かつて霊夢が愛した人の名前。そして、今でも忘れえぬ人の名前。~
~
「こんにちわ。霊夢」~
「あら、レミリア」~
「あー! レミリアおねえちゃんだー!」~
 たたた…ぼふっ!~
「きゃっ」~
 真梨紗が、勢いよくレミリアに駆け寄る。~
「こら、真梨紗。急に抱きついちゃダメでしょ? レミリアお姉ちゃんが驚くじゃない」~
「あ…うん、ごめんね。レミリアおねえちゃん」~
「ううん、いいのよ。元気が一番よね、真梨紗ちゃん?」~
「うん…てへへ」~
 真梨紗はレミリアに頭を撫でられ、くすぐったそうに笑った。~
「じゃあ、今日は何して遊びましょうか?」~
~
~
 その後しばらくして遊び疲れたのか、すやすやと眠る真梨紗。~
 眠る真梨紗を後ろに、霊夢とレミリアは並んで縁側に座る。~
「すっかりお姉ちゃんね、レミリア」~
「ずっと前から、妹はいるんだけど?」~
「そうだったわね」~
「でも霊夢こそ、すっかりお母さんだわ」~
 レミリアは後ろに振り向き、真梨紗を見る。~
「……そう?」~
「そうよ。髪だってこんなに伸びた………人間って、短い間にこんなにも変われるのね………」~
 そう言って、レミリアは腰までストレートに伸ばされた霊夢の髪を梳く。~
「レミリア…」~
「…私、心配だったの。魔理沙がいなくなっちゃって、霊夢も全然元気が無くなっちゃって…。本当にどうしようかと思った………」~
「………」~
「でも、この子が生まれてから、霊夢は元気になった。あんなに小さくて、儚い存在だったのに……」~
 言いながら、真梨紗の頬を軽くつつく。柔らかい。~
「…ええ。本当に、真梨紗には感謝してるの。この子がいなかったら、今ごろ私、おかしくなっていたかもね………」~
「……霊夢」~
「この子は……本当に、私の………いえ、『私達の』……宝物よ………」~
 ~
 愛する人のいない日々。辛くて泣きそうな時。真梨紗の笑顔に、存在に、何度救われただろう。~
~
 そして、この子を残して逝ってしまったあの人。~
 魔理沙は今、どうしているだろう。~
~
「ねえ、霊夢」~
「何?」~
「………魔理沙には、会いに行かないの?」~
「……ええ」~
~
 魔理沙がいるのは恐らく、死者の国、冥界。~
 そこには、過去霊夢も行った事がある。確か、春を取り戻す為だった。~
 以前、あの亡霊の姫が冥界で魔理沙に会ったと言ったが、霊夢は会いに行こうとはしなかった。~
~
「……どうして? 霊夢、あんなに魔理沙の事を大切に想っていたじゃない? どうして、会いたくないの?」~
「………それは」~
「…魔理沙に、生前の記憶が無いから?」~
「………」~
~
 通常、死者は冥界に行く。そこに留まるか転生するか消滅するかは、本人の自由である。だが、避けて通れない事柄がある。~
 それは、生前の記憶の消失。自分の人格を残し、他に関する一切の記憶は冥界に来た時点で消滅するのだ。~
 その理由を幽々子は、~
~
『この世に未練を残さない為らしいわね。まあ、それでもやっぱり怨霊とか悪霊の類は発生しちゃうんだけどね』~
~
 と説明した。~
 つまり、霊夢が冥界で魔理沙と会っても、魔理沙は霊夢の事を憶えていない。~
~
「…やっぱり、そうなの?」~
 しかし、霊夢は首を横に振る。~
「…違う。違うわよ、レミリア」~
「じゃあ……どうして?」~
「もし……魔理沙が私の事を覚えていて、私と再会しても……魔理沙は、きっとこう言うわ。『霊夢、何やってるんだ?』………ってね」~
 空を見上げながら、霊夢が語る。~
「え………?」~
「『お前は生きてるんだ。だから、私なんかに構わず、先に進むんだ。これは、私からのお願いだ、頼む』」~
「……霊夢」~
「そう言って、私の肩を叩いて送ってくれる………そう思うの。だから、会っても一緒にはいられない……。だから……私は前に進むの。魔理沙がいなくても、平気なように………。私の、想像だけどね………」~
 そう言って、レミリアの方に向き直る。レミリアは、霊夢の寂しげな顔を見た。~
「……霊夢。きっと魔理沙はその後こう言うわ。『元気でな、霊夢』…」~
「………え………?」~
「私の知ってる魔理沙なら、きっとそう言うわ…。だって魔理沙は、いつも変だけど、最後は絶対元気をくれるもの」~
「……レミリア……」~
「うん……そうか。霊夢は、魔理沙に会えなくても、元気を貰えるんだね」~
 そう言って、霊夢に微笑みかける。その笑顔が、魔理沙に重なって見えた。~
「……うん……!」~
~
~
 だから、私も、微笑む。精一杯。私が愛したあの人の分も、一生懸命生きる為―――~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
 満開の桜林の中の一本。その枝の上に、二つの人影があった。~
「んー、いい桜ね。白玉楼の桜もいいけど、こっちの桜もまた格別」~
「……なあ、幽々子」~
「ん? なあに?」~
「何でこんな寂れた神社の桜なんか見に来たんだ?」~
「別にいいじゃない。ほら、あそこにいる三人だって、楽しんでるみたいよ?」~
 そう言って、幽々子は霊夢達を指差す。~
「ぼーっとしてるだけの様に見えるぜ」~
「あら? そうかしら?」~
「…全く。用があるからって来てみれば……私を誘い出す口実だったって訳だな?」~
「まあねー」~
「何でそんな事したんだ? こんな所に来なくても、桜なんてあっちでいくらでも見られるじゃないか…」~
「ここでしか、見られないものもあるわよ」~
「何だ? そりゃ」~
~
「例えば、あなたの涙とかね――――――魔理沙」~
~
「―――――――――え?」~
~
 気が付くと、両の目からは、ぽろぽろと熱い雫が流れ落ちていた。~
「あ、あれ? え? え?」~
 拭っても拭っても、止まらない。~
「な、何で? 私、どう、して、泣いて、る、の?」~
 ただひたすら、戸惑う。こんな事、冥界に来てから一度も無かった。~
「どうしたの? 何か悲しい事でもあったの?」~
 幽々子が訊いてくる。悲しいなんて、思ってない。じゃあ、どうして涙が。分からない。~
 でも―――~
「でも、何だか、温かい………」~
 不思議と、嫌な気分じゃなかった。~
「ね? 来てよかったでしょ?」~
 幽々子は何か知っているのか。聞きたかったけど、今はどうでもよかった。~
~
 今はただ、この不思議な感覚が何だか心地良くて。~
~
 もう少し、ここに居ようと思った。~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
 やがて夜が訪れる。レミリアは屋敷に帰り、また神社には二人だけが残った。~
「かあさま……さくらさん、きれいだね……」~
「そうね……」~
 夕飯を食べた後、親子二人で夜桜を見る。~
「でも…さみしいな……」~
「…どうして?」~
「さくらさん………すぐにちっちゃうんだもん。ずっと…ずうっとさいてればいいのに……」~
「…真梨紗」~
 肩を抱き、引き寄せる。~
「あ……かあさま……」~
「真梨紗には少し難しいかもしれないけど…桜のお花さんはね、短い間しか咲いていられないの…でもね、それはお花さんが一生懸命生きた証拠なのよ?」~
「いっしょうけんめい………?」~
「そう。一生懸命生きたから、桜のお花さんはあんなに綺麗なのよ」~
「よくわかんない……でも……さくらさんも……がんばってるんだね?」~
「ええ、そうよ」~
 その言葉を聞いた真梨紗が、桜に向かって駆け出した。~
「あ! 真梨紗!?」~
 止める間も無く、真梨紗は一本の桜の木の下に辿り着く。そして、~
~
「さくらさーーーーーーん!! がんばってねーーーーーーーーー!!!」~
~
 桜に向かって、叫んだ。~
「………真梨紗………」~
~
「がんばってねーーーーーー!!」~
~
 霊夢は、その様子をただ見つめた。そして呟く。~
「やっぱり真梨紗は…魔理沙の子だよ………」~
~
「さくらさーーーーーーん!!」~
~
~
~
~
 私は、大丈夫。幸せだよ、魔理沙。~
~
 たとえあなたが私を忘れても、私はあなたを忘れない。やっぱり魔理沙のくれた指輪は凄いよ。~
~
 私は、元気だよ。真梨紗も、あなたに似て元気一杯。あなたも、元気?~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
 春の幻想郷。桜舞う、博麗神社。~
~
~
 どこまでも続く夢。春は、まだまだ終わらない――――――~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
~
  ~了~~

トップ   編集 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS