~
「それでは私は休ませて頂きます、お嬢様」~
「ご苦労様、咲夜」~
 ここは紅魔館。咲夜はこの館の主人に一日の仕事の終わりを告げると、自室に戻っていった。~
「………それじゃあ、出かけようかしら………」~
 それを見たレミリアは、お出かけの準備を始めた。~
 部屋の大窓をそっと開け、夜の幻想郷の空へと飛び出す。勿論誰にも内緒で。~
 目的地は、博麗神社。~
~
~
「あれ…暗い」~
 訪れた神社の巫女の家は、しかし闇に閉ざされていた。~
「いつもはこれくらいの時間なら明かりが点いてるんだけど…もう寝ちゃったのかしら?」~
 確認の為に、レミリアは家へと近付いた。~
 と、そこで、人の声が聞こえた。―――二人分の。~
~
「―――――――――――――――霊―――――――」~
「――――――――理――――沙―――――――――」~
~
 その声を聞いた瞬間、レミリアは家の中で何が行われているのかを、理解してしまった。~
~
 ―――理解など、したくはなかったのに。~
~
「――――――――――――!!!」~
 レミリアは、自分の心が酷く冷えていくのを感じた。五百年の長き歳月を過ごした身であったが、心は今だ幼さを残した少女のもの。その心が、現実を受け入れる事を拒んだ。~
~
 レミリアは、神社を飛び去った。紅魔館に帰る途中、何かしらの妖怪と遭遇したはずだけれど、良く憶えていない。~
 だって、顔を見る前に、消し炭にシテしまったんだもの――――――~
~
~
~
~
「魔理沙、起きて」~
「ん……あ? …もう…朝か……?」~
 ここは、博麗神社。普段は巫女が一人で住んでいるのだが、今日は魔女もいる。~
「早く起きて。朝食、作っちゃったんだから」~
「…もうそんな時間か?」~
「私は早起きなの。朝食くらい一緒に食べてくれたって、いいでしょ?」~
「あ、あー…まあな」~
 霊夢の一言に、魔理沙は布団からのそのそと起き上がる。~
「ほら早く、服着てよ」~
「あ、ああ」~
 自分が裸である事を思い出し、少し顔を赤らめる魔理沙。見ると、霊夢の顔も少し赤い。~
「そ、それじゃあ着替えるから、ちょっと向こうへ行っててくれないか?」~
「え、ええ」~
 そそくさと台所へ向かう霊夢。その後ろ姿を見送った後、魔理沙はそそくさと着替え始めた。~
~
「ごちそうさま」~
「お粗末様でした」~
 卓袱台には、綺麗に片付けられた食器が二つづつ置かれていた。~
「美味しかった?」~
「私は和食派だぜ。勿論、美味かったよ」~
「そう、よかった」~
 嬉しそうに微笑む霊夢を見て、魔理沙もつられて笑みが零れる。そんな平和な食卓だった。~
~
~
「もう行くの? 魔理沙」~
 居間で身支度を整えている魔理沙に、霊夢が尋ねた。~
「ああ、ちょっとな。紅魔館に行ってくる」~
「紅魔館? 何で?」~
 首を傾げる霊夢。~
「この前借りた魔術書を返しにな。パチュリーの奴が、返却期限がどうのこうのと五月蝿くてな」~
「ああ、なるほど…」~
「さて、そろそろ行くぜ」~
「あ、うん………」~
 不意に寂しげな表情になる霊夢。~
「霊夢」~
 そんな霊夢に、顔を近づける魔理沙。~
「んっ………」~
 唇に、軽くキス。~
「心配するなよ。以前みたいに無闇やたらに攻撃される訳無いんだからさ。それにまた、帰りに神社にも寄るしな」~
「うん……」~
「それじゃ、行ってくるぜ、霊夢」~
「…いってらっしゃい。…気を付けてね! 魔理沙!」~
「おう」~
 そうして、魔理沙は神社を後にして、紅魔館へと飛び立っていった。~
「……気を付けてね……」~
 残された霊夢は、一人呟く。微かな不安と、何故か感じる嫌な予感を胸に残しながら………~
~
~
「また来たの」~
「そりゃ来るぜ」~
 紅魔館の中に存在する、ヴワル魔法図書館。図書館の主、パチュリーはいつもの様に、あんまり面白く無い、といった表情で魔理沙を迎えた。~
「貸した本を返して欲しくないんだったら、ここには来ないぜ」~
「それは止めて」~
 このようなやり取りも、いつもの事だった。~
「で、今度は何を借りていくつもり?」~
「よくご存知で」~
「当たり前でしょ」~
 やっぱりいつものやり取りをしながら、本棚をあさる魔理沙。パチュリーも止めはしなかった。~
「これ、借りてくぜ」~
 そう言ってパチュリーの前に差し出された、数冊の本。~
「えーと……『東洋の魔術』…『巫女の歴史』…『和食大全』?」~
「いいか?」~
 魔理沙が尋ねてきたが、パチュリーは不思議そうに返した。~
「いいけど……魔理沙って、東洋系の魔術もやるつもりなの? 他の本も…これじゃあまるで、あの紅白みたいな」~
「霊夢だ」~
 パチュリーの言葉を、魔理沙が突然遮った。その口調に少し驚いたパチュリーだったが、すぐに言葉を続ける。~
「…そうね、霊夢だったわね。ごめんなさい」~
「あ、いや」~
「……そう、そういう事……へえ……」~
 急にジト目になって、魔理沙を見るパチュリー。口の端が、微かに上がっていた。~
「な、何だよ」~
「…何でもないわ…ふふ。じゃあ、二週間後にはちゃんと返してよ?」~
「あ、ああ……」~
 釈然としない様子の魔理沙だったが、本を受け取るとそそくさと出口へ向かっていった。~
~
「…魔理沙ってば、中々やるのね…」~
 パチュリーは、一人薄暗い図書館の中で呟く。~
「そう言えばレミィも少しおかしかったわね…。あんな本を借りるなん……て………?」~
 不意にパチュリーの顔が、神妙なものになる。~
「魔理沙………レミィ………そして霊夢………………まさか…………?」~
 ガタッ!~
 瞬間、パチュリーの頭の中にある推測が出来上がった。その推測の恐ろしさに、思わず椅子を倒して立ち上がってしまった程だ。~
「まさか……でも…今朝のレミィの様子は………」~
 その時。背中を撫でられる様な、ぞっとする悪寒がパチュリーの体を走りぬけた。~
「!! これは……レミィ!? やっぱり………!!」~
 推測が確信へと変わり、パチュリーは急いで図書館を出ようとした、が―――~
「…! 開かない…!?」~
 図書館の扉は、固く閉ざされていた。いくらパチュリーが非力だといっても、扉を開けられない程弱くは無い。~
「これは…魔法による結界!? …この魔力……! レミィ、あなた……!?」~
~
~
「あ、魔理沙だ」~
「ん? ああ、レミリアじゃないか。こんな所で何やってんだ?」~
 帰りの廊下で、魔理沙はレミリアに後ろから声をかけられた。~
「何って、散歩よ」~
「館の中をか?」~
「外はまだ、私には辛いわ。それに今日は、日傘を差してまで外を歩こうとは思ってなかったし」~
「ふーん」~
 レミリアの答えに納得し、魔理沙はまた歩き出した。が、~
「ちょっと待って。来て欲しいの」~
 レミリアに止められた。~
「何だよ、私は忙しいんだぜ」~
「霊夢に関する事よ」~
「……何?」~
 魔理沙の足が止まった。~
「…ついてきて」~
「…分かった」~
~
~
 魔理沙が連れてこられた所は、別段どうと言う事は無いが、大きな扉の前だった。~
「何だ、こりゃ」~
「部屋に入って。中で話すわ」~
「………」~
 訝しげな顔をする魔理沙だったが、ここまで来て帰るというのも悪い気がして、大人しく部屋の中に入っていった。~
~
 部屋の中は真っ暗で、何も見えなかった。~
「おおい、何だこりゃ―――」~
 バタン!~
 乱暴に、扉が閉まる音。そして、次の瞬間―――~
「―――!!」~
 魔理沙に襲いかかる、二つの感覚。一つは、部屋だと思っていた空間が、果てしなく広がる感覚。~
~
 そしてもう一つは、怖気をふるうような、研ぎ澄まされた、殺気―――~
~
「なっ……何だ……! お、おい、レミリアは……!?」~
 慌てる魔理沙。その問いに、闇の向こうからの声が、答えた。~
「ようこそ魔理沙。私の結界空間へ。ここには私達以外誰も居ないし、誰も外から入ってくる事は出来ない」~
 その声の主は、誰あろうレミリアだった。~
「なっ…どういう事だ……!?」~
「これで心置きなく………………あなたを………殺 せ る わ」~
 ドバアッッ!!~
「!!!」~
 突如として魔理沙の眼前に広がる紅い光。それは、レミリアの容赦無い弾幕と、彼女の瞳が放つ色だった―――~
~
~
「あ、霊夢さん。こんにちわ」~
「こんにちわ。美鈴」~
 紅魔館の正門に、霊夢は来ていた。~
「今日はどうしたんですか?」~
「いえ、ちょっとね。…そう言えば、魔理沙、来てない?」~
「魔理沙さんですか? 来ていますよ?」~
「どこに居るの?」~
「多分、図書館だと思いますけど…」~
 その時美鈴は、霊夢が妙にそわそわしている事に気付いた。~
「そう、ありがと。それじゃ、行くわ」~
「あ、待って下さい。私も行きます」~
「…あなた、門番じゃないの? 持ち場を離れて大丈夫なの?」~
「大丈夫ですよ。客なんて、あなた達以外ほとんど来ませんから」~
 胸を張って答える美鈴。この時、美鈴は何故か霊夢についていこうと思ったのだった。~
「…あんまり胸を張って言う事じゃないと思うけど」~
「そうですよね…」~
「それじゃ、行きましょ」~
「あ……はい」~
 そして、二人は紅魔館へと足を運んだ。~
~
~
  *  *  *~
~
~
「くっ……!!『マスタースパーク』ッ………!!」~
 ゴオオオオッッ………!!~
 魔理沙の放った光の奔流が、目の前の弾幕と、レミリアを呑み込んでゆく。~
「ハア、ハア……ど、どうだ?」~
 もう何発目かのマスタースパーク。残りは、殆んど無かった。~
「鈍すぎるわ…」~
 その声は、背後から聞こえた。~
「!!」~
「『千本の針の山』」~
 ザアアアアッ……!~
 無数の針とナイフが魔理沙を襲う。~
「くっ…! ああっ…………!!」~
 刃物の嵐を紙一重で避ける魔理沙。しかし、一部は魔理沙の体を掠め、服を裂き、血を流させる。~
「レミ、リア……何で、こんな事………」~
「あなたは昨日の夜、何をしたか憶えてないの?」~
「!!」~
 昨日の夜は、霊夢と―――~
「何で、知って……?」~
「………………………霊夢は………………私の………もの…よ………」~
 そう呟いたレミリアの瞳が、再び真紅に染まる。~
「!?」~
「あなたなんかに、渡さないわ!!!~
~
~
 ―――――――――――――――――――――――――『紅色の幻想郷』!!!!」~
~
 魔理沙の視界が、紅に染まった。~
~
~
  *  *  *~
~
~
「!? お嬢様!?」~
 廊下の掃除をしていた咲夜は、強烈な妖気を感じて手を止めた。~
「咲夜!」~
 急に呼ばれて振り返ると、そこにはフランドールが立っていた。~
「咲夜、どういう事!? この妖気、姉様のものだけど……尋常じゃないわよ!?」~
 全てを破壊する悪魔の妹をもってして、こう言わせる程の妖気を咲夜も感じていた。~
「分かりません…」~
「姿も見えないし…一体どうしたっていうのよ…」~
 その時、咲夜はふと思い出した。~
「…パチュリー様なら、知っているかもしれません」~
「…どういう事?」~
「今朝早く、お嬢様が図書館で本を借りている所をお見かけしたのですが……もしかすると、その時借りた本が原因かもしれません。パチュリー様なら、その本の内容を知っているかも…」~
「急ぎましょう!」~
 フランドールは、何故か妙に急いでいた。~
「そ、そんなに急がれなくても…」~
「魔理沙もいるのよ!? 姉様の近くに!」~
「何ですって!? どうして……」~
「分からないわ。でも、感じたの。姉様以外の、微弱だけど、魔力を。あれは…魔理沙だったわ。魔理沙と姉様は、多分一緒の場所にいるわ!」~
 その言葉を最後に、フランドールは図書館の方へと飛んでいった。~
「あ……フランドール様!」~
 咲夜は、小さくなっていくフランドールの姿を必死で追っていった。~
~
~
  *  *  *~
~
~
「何、コレ………!?」~
「これは…お嬢様………!?」~
 その頃、霊夢と美鈴も、尋常でない妖気を感じていた。~
「お嬢様…レミリア!? ねえ美鈴、どういう事!?」~
「わ、分かりません…でも、この妖気は確かにお嬢様の…」~
「一体どうなっているの……?」~
 朝に感じた不安はこれだったのか、と霊夢は思った。しかし、理由が分からない事には―――~
「霊夢ーーーっ!!」~
 突然、遠くから自分の名前を呼ばれた。その声の方向を向くと…~
「…フランドール!?」~
 フランドールが、自分めがけて飛んできた。そして、目の前で急停止する。~
「霊夢! 姉様が、魔理沙が大変!!」~
「!!」~
 魔理沙、という言葉を聞いて、全身が固まった。~
「魔理沙!? 魔理沙がどうしたの!?」~
「とにかく、今は説明している時間は無いわ! 一緒に来て!」~
 フランドールに強引に手を掴まれ、霊夢は図書館に連れて行かれた。~
~
「あ、あの………?」~
 後に残ったのは、美鈴だけだった。~
~
~
  *  *  *~
~
~
「………う………あ………」~
 真っ暗な空間に、一人の魔女が血だらけで倒れている。魔力を使い果たし、符を使い果たした末の姿であった。~
「ハア、ハア……これで………霊夢は………」~
 その姿を、見下ろす影。真紅の目がいつまでも妖しく光っていた。~
~
~
  *  *  *~
~
~
「これは……結界!?」~
 図書館に辿り着いた二人を待っていたのは、強固な結界だった。~
「一体、誰が……」~
「この魔力の感じ…姉様ね!?」~
「レミリアが…!? 一体何で………」~
 その時、扉の向こう側から、微かに人の声。~
『そこにいるのは、妹様? ……と……霊夢!?』~
「パチュリー!? どうしたの!? これ!」~
『妹様…レミィが……』~
「分かってるわ……それよりも、どうして姉様が結界なんかを!?」~
『恐らく……私を閉じ込める為でしょう…』~
「どうして!?」~
『私が今朝レミィに貸した魔術書は、結界に関するもの…。レミィは、それを使って何かをするつもりなのよ。そして恐らく、誰にも邪魔をされないように、その本の内容を知っている私をまず動けないようにした……』~
「そこまでして…魔理沙をどうするつもり……?」~
 ぽつりとフランドールが洩らした言葉を、パチュリーは聞き逃さなかった。~
『何ですって…!? 魔理沙が、どうかしたの!?』~
「よく分からないけど、姉様と魔理沙、同じ場所に居るのよ…もしかして、紅魔館のどこかに結界空間を作って、そこにいるのかも…」~
『…嫌な予感がするわ。妹様、早くここから私を出して下さい。あの本の内容なら、大体憶えているから…多分レミィの結界空間も、私達なら破れるかも』~
「私『達』?」~
 霊夢が、パチュリーに尋ねる。~
『私は結界の解き方は知っているけれど、この結界を破る為に使う魔力が足りないのよ。だから図書館から出られなかったの。だから、あなた達の攻撃で結界を弱らせて、その間に私が解く、っていう作業が必要なの』~
「そ、それじゃあ、私達は結界を攻撃すればいいのね!? 任せて! 壊すのは得意なんだから!!」~
 フランドールが、急に明るくなる。~
『それじゃあ、私は結界を解くスペルを唱えているから、その間、結界を攻撃していて』~
「オッケーーー!! ……『レーヴァテイン』!!」~
 次の瞬間、凄まじい火力を持った炎の帯が、結界を直撃した。~
「…嘘!? これだけじゃ、駄目なの!?」~
 しかし結界は、ビクともしなかった。~
「ほら、霊夢も手伝ってよ!」~
 その様子を呆然と見ていた霊夢に、フランドールは手伝うように言った。~
「え? あ、うん……『夢想封印』!!」~
「『フォーオブアカインド』!!」~
 次々と結界に当たっていく弾幕。しかし、それでもまだ結界は強固なままだった。~
「あーん、もう! 霊夢、今度は一緒に撃つわよ!」~
「う、うん! いくよ、せーの……」~
「『封魔陣』!!」 「『カタディオプトリック』!!」~
 壮絶な威力の攻撃。それでもまだ、結界は、揺らがない。~
「次………いくわよ!!」~
「うん!!」~
~
「『495年の波紋』!!!」 「『二重結界』!!!」~
~
 バチバチバチ………!!!~
 初めて、結界が揺らいだ。~
「くっ……! あと、少しなのに……!」~
「もう少し、後押しが………!」~
~
「『セラギネラ9』!!!」 「『ザ・ワールド』ッッッ!!!」~
~
「「!!?」」~
 二人の背後で声が響いた瞬間―――~
~
 パリイイイイインッッッッ!!!~
 結界が、音を立てて崩壊した。~
「――――――」~
「――――――」~
 突然の出来事に、時が止まったかのように呆然と立つ二人。~
「『そして時は動き出す………』なんてね」~
 その声に我に返り、後ろを振り向く二人。そこには、美鈴と咲夜が立っていた。~
「お二人とも、速すぎます~」~
「どうやら、間に合ったみたいですね」~
 肩で息をつく美鈴と、涼しげな顔の咲夜。~
「美鈴! 咲夜!」~
「二人とも、遅いわよ」~
 図書館の前に、四人の少女が集まる格好となった。~
「あーあ、扉、壊れちゃったわ」~
 そしてもう一人、図書館の暗がりの中からパチュリーが姿を現した。~
「パチュリー!」~
「みんな、どうもありがとう。で、早速だけど、早くレミィを探しましょう。魔理沙も」~
「そうだ…パチュリー! 魔理沙は…魔理沙はどうなったの!?」~
 霊夢がパチュリーの肩を掴み、揺さぶる。~
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 私も詳しい事は分からないのよ!」~
「………」~
「今から探すわよ! 霊夢!」~
 急にフランドールが、霊夢の腕を掴んだ。~
「ほら、パチュリーも!」~
「え……うわっ!」~
「きゃっ!?」~
 ヒュンッ!~
 フランドールは霊夢とパチュリーを掴み、高速で図書館を後にした。~
「………あ」~
「…後を追いましょう」~
 残された美鈴と咲夜は、その姿を追いかけていった。~
~
~
「―――此処ね!」~
 館内を飛び回ったフランドールは、一つの部屋の前で急停止した。~
「凄い妖気…ここで間違い無いようね。それにこの結界…レミィが借りた本に書いてあったのもだわ」~
 そこに張られている結界を、パチュリーが確認する。~
「それじゃあ、早く壊さないと…!」~
 霊夢が悲痛な声で訴える。~
「待って、この結界…さっきみたいに、あの二人も居ないと難しいわ」~
「くっ……!」~
~
「フランド-ル様~~」~
「やっと見つけた……」~
 その時、残りの二人がやってきた。~
「…皆、揃ったみたいね…じゃあ、行くわよ!」~
 そして、結界の突破が始まった。~
~
~
  *  *  *~
~
~
「………………………」~
「もう喋る元気も無いのかしら? …まあいいわ」~
 だんだんと呼吸が浅くなっていく魔理沙。レミリアはそんな魔理沙を見て、軽く笑った。~
「ハア、ハア……最期に血を吸ってあげる。私、いつもは小食だけど、全部、吸って、殺 し て あげる―――」~
 レミリアも荒い息を吐いていたが、魔理沙はそれに気付かなかった。否、気付く事は出来なかった。~
「―――――――――――」~
 意識が朦朧としていく。その時、魔理沙の脳裏に浮かんだのは、霊夢の笑顔だった。~
(―――霊――――――夢―――)~
 自然と、涙が零れた。もう、あの笑顔を見る事が出来ないのではないかと思ったら、堪らなく悲しくなった。~
~
「………魔理沙、サ ヨ ウ ナ ラ―――――――――」~
~
 ――――――バタンッッッ!!!~
~
 闇の静寂を破る、大きな音。~
「―――!!?」~
 部屋の結界が、破られた音だった。~
「お嬢様ッ!!」~
「姉様ッ!!」~
「―――レミィ!!」~
「――――――魔理沙ッッ!!!」~
 続いて、次々と部屋に入ってくる少女達。~
「あなた達…どうして」~
 驚きの表情を見せるレミリア。~
「姉様、これは一体どういう事? 説明して貰えるかし―――」~
 フランドールの言葉は、しかし途中で途切れた。~
 レミリアの後ろに、何かが倒れている。~
 この場の誰もが知っている、あの魔女が―――~
~
「―――――――――魔理沙ああぁぁっっっ!!!!」~
 霊夢の悲鳴が、部屋に響き渡る。そのまま霊夢は魔理沙に駆け寄った。~
「魔理沙!! 魔理沙あっっ……!! どうしたのっっ…!? 返事してよおっっ……!!!」~
 霊夢が魔理沙を抱き起こした。しかし、魔理沙からの返事は無い。~
「やだっっ……!! やだよおっっ……!! 死んじゃやだあっ……!! 魔理沙あっっ……!!」~
 その様子を見ていたフランドールが、ハッと顔を上げる。~
「まさか、姉様………あなたが魔理沙を………?」~
「!!!?」~
 その場に居た全員が、息を呑んだ。~
「そ、そんな…お嬢様…」~
「……レミィ……あなた……」~
 レミリアに、視線が注がれる。そして、開かれたレミリアの口から出た言葉は―――~
「―――そうよ。私が、やったの」~
「――――――!!!」~
 瞬間、霊夢はレミリアの胸ぐらを掴んでいた。~
「レミリア!? どうして!? どうしてこんな事したのッッ!!?」~
「………」~
 レミリアからの、返事は無い。~
「答えてッ!! 答えてよッッ!!!」~
 顔をレミリアにぐっと近付ける霊夢。そして、レミリアがぽつりと言った。~
「………………魔理沙が悪いのよ………私の、霊夢を…………」~
 そこまで言って、不意にレミリアの体がぐらりと傾いた。~
「!?」~
 霊夢が押した訳ではない。自然に、そうなったのだ。そして、~
 どさ………~
「お嬢様っ!!」~
 レミリアも、糸が切れた操り人形の様に、地面に倒れ込んだ――――――~
~
~
 その後、紅魔館はいつにも増して大騒ぎとなった。~
 まずレミリアとの戦いで瀕死の重傷を負った魔理沙の手当て。~
 そして、急に倒れたレミリアの介抱。~
 この二つの事件で、少女達は一睡もせずに夜を明かしたのだった。~
~
~
~
 朝の紅魔館。いくつかある客間の一つで、霊夢とフランドールはソファに座っていた。二人とも、昨日の一件で疲れきっていた。~
「………魔理沙………」~
 もう何度目になるのか、霊夢が呟いた。一晩中泣きじゃくったせいか、目は赤く腫れている。~
「…霊夢…」~
 そんな霊夢を一晩中慰めていたフランドールの顔も、疲労の色が濃い。~
 とにかく、二人とも疲れきっていた。~
 ガチャ………~
 その時、客間のドアが静かに開いた。中に入ってきたのは、咲夜だった。~
「……咲夜……どうしたの?」~
 ほとんど動かない霊夢に代わって、フランドールが対応する。~
「魔理沙の事で………」~
 咲夜がそこまで言った時、霊夢が急に立ち上がり、叫んだ。~
「魔理沙は、どうなったの!?」~
 その様子を見て咲夜は、霊夢が魔理沙の事をどれだけ心配しているかが、痛い程分かった。そして、心底安心した。~
「…もう、大丈夫。魔理沙は、無事よ……」~
 その言葉を聞き、霊夢はソファに体を投げ出し、また涙を零した。~
「良かった………魔理沙………!!」~
 その涙は、悲しみの涙では無く、喜びの涙。そんな霊夢の姿を見て、フランドールも咲夜も、ホッと息をついた。~
~
~
 その後、霊夢は魔理沙が休んでいる一室へと足を運んだ。その部屋では、魔理沙以外にもパチュリーと美鈴が寝息を立てていた。~
「あの後パチュリー様が治癒魔法、美鈴が治癒気功を寝ずに行ったのよ。魔理沙が生きているのは、彼女達のおかげね」~
 そう言いながら、咲夜は眠っている二人の髪を優しく撫でた。~
「二人とも…ありがとう…」~
 パチュリーと美鈴に頭を下げ、魔理沙の所へと向かう霊夢。~
「……魔理沙……」~
 その姿を見て、また涙が零れる。魔理沙の体には、いたる所に包帯が巻かれ、戦いの激しさを物語っていた。しかし、規則正しく上下に揺れるその胸を見て、生きているという事を確認出来た。霊夢には、それが何より嬉しかった。~
「今、魔理沙は眠っているわ。パチュリーと美鈴が治したと言っても、完全に傷が癒えた訳では無いし…。しばらくは、絶対安静ね……」~
「そう…でも、本当に、良かった……魔理沙………」~
 霊夢は、魔理沙の髪を梳いた。少し、魔理沙が笑ったような気がした。~
~
~
「霊夢……こんな時にどうかと思うけど………」~
 魔理沙の部屋に来てからしばらくして、咲夜がためらいがちに口を開いた。~
「お嬢様に…会って貰えないかしら……?」~
 一瞬、霊夢の体が固まる。しかし、すぐさま咲夜の方へ向き直り、~
「……分かったわ。………色々聞きたい事もあるしね………」~
 そう、告げた。~
「…ありがとう」~
 頭を下げる、咲夜。~
「霊夢…いいの?」~
 側で様子を見ていたフランドールが、心配そうに尋ねる。~
「いいのよ、フランドール…心配してくれて、ありがとう。…そうだ、魔理沙を看ててくれる?」~
「え、ええ…」~
 戸惑いながらも返事をするフランドールに微笑んで、~
「それじゃあ行きましょう…咲夜」~
 部屋を後にする霊夢。~
「…はい」~
 咲夜は、その後に続いた。~
~
~
 レミリアの自室前。咲夜は霊夢に最後の確認をした。~
「…本当にいいの? 無理してるんじゃあ……」~
 不安げな表情で霊夢を見る咲夜。~
「…いいのよ。レミリアがあんな事した理由、ちゃんと聞きたいしね…」~
「……そう、分かったわ」~
 霊夢の決意を聞き、咲夜はレミリアの部屋の扉を叩く。~
「…お嬢様、咲夜です。お休みのところ失礼致します」~
 静かに扉を開け、霊夢に入室を促す。霊夢は、意を決して部屋に入った。~
「―――レミリア」~
「………霊夢………」~
 レミリアは、ベッドに横になっていた。昨日のような強烈な妖気は感じられない。むしろ普段よりも弱々しくなっており、レミリアの力を知る者がこの姿を見たら、信じられないと思うだろう。~
「お嬢様は昨日の結界で、ほとんどの魔力を使い果たしてしまったんです…」~
 咲夜が説明する。その言葉を聞き、霊夢は複雑な表情を見せる。~
「咲夜……少し、席を外してくれない? 霊夢と二人っきりで話がしたいの」~
 ベッドから体を起こし、レミリアが咲夜に告げる。~
「………畏まりました」~
 主人に一礼し、咲夜は部屋の外に出て行った。~
 そして、部屋にはレミリアと霊夢が残された。~
~
「霊夢…まずは座って……」~
「…うん」~
 レミリアに促され、ベッドの側にあった椅子に座る霊夢。~
「………」~
「………………」~
 沈黙が、場を支配する。どちらかが話を切り出すかを待っているようだった。~
「……レミリア……」~
 最初に口を開いたのは、霊夢だった。~
「………どうして…どうして、あんな事…」~
 魔理沙を重症に追い込んだ事。当然の疑問であった。~
「………」~
「お願い、答えてよ…でないと、私レミリアの事が信じられなくなる…」~
 すると、レミリアはこんな事を言った。~
「霊夢…私の事………好き?」~
「えっ……?」~
 予想外の答えに、面食らう霊夢。~
「私は…霊夢の事、好きだよ」~
 霊夢の答えを待たずに、言葉を続けるレミリア。~
「初めて出会った時は、まさかこんな気持ちになるなんて思わなかったわ…いつの間にか、霊夢の存在は私の中で大きくなっていたのよ」~
「………」~
「でも…霊夢はどうなのかな…私の事…どう思っているのかな…?」~
 霊夢は、戸惑いながらも答えた。~
「そりゃあ…好き、よ」~
「でも………!!」~
 不意に、レミリアが大声を上げる。~
「でも、霊夢の言う私に対する『好き』って、魔理沙に対する『好き』とは違うんでしょう!?」~
「!!」~
 びくりと体を震わせる霊夢。~
「レミリア…何を……」~
「私…一昨日の夜…聞いちゃったんだもん……霊夢と、魔理沙が……」~
「!!! レミリア、あなた……!!」~
 強い口調で止めようとする霊夢を、更に大声で遮るレミリア。~
「聞くつもりなんてなかった!! ……聞きたくなんかなかった………!! でも、聞いちゃったのよ…! ごめんなさい……!」~
「………」~
「あの時、自分でもどうしようもないくらい、私の心が酷く冷えていくのを感じたわ…。この感情が何なのかは知っていたつもり…でも、止まらなかった……! 気付いたら、魔理沙を憎んでいたわ……」~
 胸に溜まっていたものを吐き出す様に、告白するレミリア。その言葉を聞き、霊夢は困惑した。どうしたらいいのか、分からなかった。~
「ねえ…霊夢…私を…魔理沙みたいに『好き』になれる……?」~
「………それは………」~
 どうなのだろう。確かに、レミリアも霊夢にとって大切な人である。しかし―――~
「―――ごめんなさい……私は………」~
 言いながら、胸が詰まった。自分は、とても残酷な事を言っているのかもしれない、と。~
「……やっぱりね……。あーあ……私じゃ駄目だったかあ…」~
 しかし、レミリアの反応は、霊夢にとって意外なものであった。~
「…レミリア…?」~
「やっぱり、一緒にいた時間が違うもんね……。これでも私、努力したんだよ? 魔理沙に負けない様に、って……」~
 泣かれるか、憎まれるか。そう思っていた霊夢だったが、レミリアはそうでは無かった。~
「結局、霊夢は魔理沙の事が大事で…私、嫉妬しちゃって、ホントに、自分でも信じられないくらいに感情がコントロール出来なくなって、魔理沙に凄く酷い事しちゃったけど…霊夢…許してくれる?」~
「え………」~
「勿論、許さなくったっていいのよ? ううん…許されるなんて、思ってない。あんな事、しちゃったんだもん……」~
 レミリアの表情が、曇る。~
「霊夢………ごめんね…………」~
「レミリア…私に謝らなくてもいいわよ……後でもいいから…魔理沙に謝ってあげて……」~
 霊夢は、レミリアの肩を抱き寄せた。~
「うん………」~
 その後、二人はしばらくの間寄り添っていた。~
~
~
「それじゃあ、私はそろそろ行くわね……」~
 椅子から立ち上がり、霊夢が言った。~
「うん…」~
「また、会いましょ」~
「え……いいの?」~
「当たり前でしょ……あ、でも、こっそり夜に来るっていうのは、止めてくれる?」~
「う、うん……」~
 二人して、赤くなる。~
「それじゃあ、体、早く治しなさいよ…」~
「うん。………霊夢……魔理沙を、幸せにしてね……」~
「言われるまでもないわ」~
 そう言って、霊夢は笑った。~
~
「…失礼します」~
 霊夢が部屋を去った後、咲夜が入ってきた。~
「お体の具合は、いかがですか?」~
「もう大分いいわ。……霊夢は?」~
「魔理沙様のお部屋でお休みになっています」~
「………そう」~
 ふう、と溜め息を一つ吐く。~
「お嬢様……」~
「あーあ、霊夢にフラれちゃった…」~
 一人、呟くように。レミリアは、ぽつぽつと語り始める。~
「不思議なものね…私、一人の事をこんなに好きになるなんて、思ってもみなかった…」~
「……………」~
「さて、そろそろしっかりしなくちゃね…。いつまでもこんな調子じゃ、みんなに笑われるわ…恥ずかしい。こんな事くらいで、泣いちゃ―――」~
~
 ぎゅっ………~
~
「あ………」~
 レミリアの言葉は、途中で遮られた。―――咲夜の抱擁によって。~
「お嬢様……恥ずかしくなんて、ありませんよ」~
「さく―――や―――」~
「私にはお嬢様の悲しみを代わってさしあげる事は出来ませんが………私で良ければ、いつでもぶつけて頂いて、構わないのですよ―――」~
 抱きしめる腕に、力を込める。~
 悲しみを押し出す様に、ぎゅっと――――――~
「さ………く、や………………う、うう………………わあああああああああ……………………!!」~
「お嬢、様………」~
「うああああああああ……………!! ひぐっ、ううっ………………霊、夢ううぅ………………!!」~
「…………」~
「ふぐっ、ううっ…………!! ううううううううっっっ………………!!!」~
 ~
 一つの恋が、終わりを告げた。願わくは、いつの日か、この少女にその悲しみ以上の幸せを―――~
~
~
~
 その後。~
「魔理沙、もう動いても平気なの?」~
 ここは、博麗神社。紅魔館での事件の後、目を覚ました魔理沙は、事の顛末を聞いた。魔理沙は特にレミリアを責め立てる事はしなかったが、レミリアの事を考え早々に紅魔館を出よう決め、咲夜に伝えた。~
 しかし、レミリアとの戦いで負った傷は想像以上に重く、パチュリーと美鈴の治療だけで完治する事は無かった。そこで、博麗神社で静養する事になったのだ。~
「ああ、まだ節々が痛むけどな。普通の生活をする分には大丈夫みたいだ」~
「無茶しないでよ…? 心配なんだから…」~
「分かってるよ、霊夢。というか…まだ無茶は出来そうに無い」~
 布団から体を起こしていた魔理沙が、体のあちこちを触る。以前より減ったとはいえ、未だに包帯が残っている箇所も多い。~
「ほんとに、大丈夫…?」~
 霊夢は心配そうに魔理沙の体を見た。~
「そんな顔すんなって…見ているこっちが辛くなるぜ?」~
「あ、ごめん………」~
 しゅんとする霊夢の頭を、魔理沙が撫でる。~
「…ありがとう、霊夢。お前さんがいたから、早く元気になれたよ」~
「魔理沙………んっ………」~
 触れる唇。温かい。~
「あ~、早く元気にならないとな~。霊夢と色々したいからな~」~
「なっ……ま、魔理沙ったら…恥ずかしい………」~
 ふふふ、と魔理沙が怪しい笑みを浮かべる。しかし、すぐに真剣な表情になる。~
「その前に、体が治ったらレミリアに会いに行かないとな……」~
「………魔理沙………」~
 複雑な表情を浮かべる霊夢。~
~
 あれ以来、レミリアは神社に来ていない。霊夢の方から紅魔館に行く事はあったが、その時のレミリアは、何かを吹っ切った様な表情をしていた。それでも、魔理沙の話題を出す事は無かった。それに関しては、未だに気にしている様だった。でも、いつかまた、一緒に笑い合える日が来ると思う。それまでは―――~
~
「ま、今は体を治すのが先だ。霊夢、腹減ったぜ」~
「もう、魔理沙ったら………はいはい」~
 霊夢は、立ち上がった。今は、魔理沙と一緒にいる時間を楽しめる事が、嬉しかった。~
~
~
 神社に吹き込む、一陣の風。~
 博麗の巫女は、愛する魔女と一緒に、秋の足音をその身に感じていた―――~

トップ   編集 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS