~
 冷たい風が身を切る。季節はもう冬。~
~
「うーむ…」~
 魔理沙は、悩んでいた。と言っても、自分の体の事ではない。~
「魔理沙…どうしたの?」~
 心配そうに魔理沙の顔を見つめる霊夢。~
「あ、いや。大した事じゃないんだが……」~
「何よ…気になるじゃない」~
「ううん……実はな、うちにあるアイテムの事で」~
「魔理沙の家のアイテム……?」~
 そう言われた霊夢は、記憶を掘り起こす。確か、魔理沙の家には数多くのマジックアイテムが所狭しと並んでいた。~
「…あれがどうかしたの?」~
「いや、もう私には無用の物だと思ったんでな。どうしようかと……」~
「………魔理沙」~
 いつも通りの魔理沙の表情。しかし、時たま言葉の端々に、これから起こるだろう悲しみが垣間見える。それを思うと、霊夢は寂しくなった。~
「あ……霊夢、変な事言って悪かったな…」~
「え、ううん、いいのよ。私こそ……」~
「いや………そうだ」~
 その時、魔理沙が何か思いついた様だった。~
「え…どうしたの?」~
「見つけたぜ、霊夢。私の、やるべき事」~
~
~
「よいしょっ……と。ねえ、これはここに置いていいの?」~
「ああ、ついでにそこも調べてくれ」~
 霊夢の家の裏に召喚された魔理沙の家。霊夢は雑然とした家の中を漁っていた。~
「魔理沙……本当に、大丈夫なの? 私の家に戻って休んだ方が……」~
「何言ってんだ。私の家の構造を知ってるのは私だけなんだぜ? 霊夢だけじゃ探しきれないだろ?」~
「そうだけど…無理しないでよ?」~
「ああ」~
 椅子に座って霊夢に指示を出す魔理沙。ただ今、魔理沙の家のマジックアイテムやら魔導書やらを全て探し出している所である。~
「ケホッ……魔理沙、ちゃんと掃除してるの?」~
 舞う埃に、思わず咳き込む霊夢。~
「もう何ヶ月もこの家には帰ってないからな…」~
「あ…そうだったわね。ごめんなさい」~
「いや、いいんだ。たぶん帰っていても、掃除してない」~
「結局駄目じゃない」~
「ははは」~
~
 その後も探索を続けた結果、かなりの数のアイテムを発見する事が出来た。~
「ふう……これで全部かしら?」~
「うーん、たぶん。ありがとうな、霊夢」~
「いいのよ。魔理沙の頼みだもん」~
「はは…そうか」~
 少し、照れる。~
「ところで、このアイテム群、どうするつもり?」~
「霊夢に、全部あげる」~
「ええっ!? でも私、使い方なんて、知らないわよ……?」~
「だから、出したんだ」~
 霊夢は、頭に疑問符を浮かべる。~
「…何で?」~
「このアイテム達は、私の寝室に置いてくれ。私は覚えている限りの知識で、そのアイテム達の効果を書き記す。それを、霊夢に渡す」~
「えっ……?」~
「これが今、私が霊夢に出来る精一杯だ……」~
 そう言って、魔理沙は椅子から立ち上がる。~
「あっ……! ちょっと、大丈夫……!?」~
「ああ…これくらい、一人で歩けなきゃな……」~
 机に手を突きながら、一歩一歩霊夢に近付く。~
「だから、やらせてくれ。私は、霊夢に何かを残したいんだ」~
 そして、辿り着く。そのまま霊夢にもたれかかる。霊夢は、魔理沙の体を受け止めた。以前より、軽くなった少女の体。~
「魔理沙、ありがとう………でも、無茶はしないでね………」~
「………ああ」~
 ~
 そう。この体が温かい間は、愛する人に、自分の精一杯を―――~
~
~
 その日から、魔理沙は卓に向かい書を記し始めた。あまり長いとは言えない自分の人生の中で得た、出来る限りの知識と記憶、経験を筆に乗せて。~
 その作業は容易では無かった。元々魔理沙のアイテムが数が多く、魔理沙の寝室には一部しか置いておく事が出来なかった。その分、必然的に文量は増える。それは、魔理沙の体に負担を強いる。~
 そして、一番の問題は魔理沙の体。~
 スカーレットの呪いは、悪化する事はあっても快方に向かう事は無い。実際、何度か執筆中に喀血した。霊夢はその度に止める様に求めたが、魔理沙の強い要望によって、諦めた。それ程までに、魔理沙の決意は固かった。~
 そんな生活が続いた、ある日。~
~
~
「………こんにちわ」~
「………………うぐっ」~
「霊夢…来ちゃった………」~
 博麗神社に、三人の来客。パチュリー、フランドール、そして、レミリア―――~
~
「…あなた達、どうして―――」~
「…ごめんなさい、霊夢。レミィ達には隠しておくつもりだったんだけど……」~
 ばつが悪そうな表情のパチュリー。どうやら、魔理沙の事がレミリア達に知られてしまったらしい。~
「………ふぐっ」~
 フランドールは、既にすすり泣いている。一方のレミリアは…~
「こんな所で立ち話も何だし……魔理沙の所へ行きましょ?」~
 表情が、読めない。平静を装っているのかどうかも、分からなかった。~
「え、ええ……」~
 訝りながらも、三人を家へ上がらせる。とにかく、話はそれからだった。~
~
「…お前ら、どうして―――」~
 魔理沙の反応も、霊夢を同じだった。特に一番知られたくなかった相手だけに、動揺を隠せない。~
「うわあああん!! 魔理沙ぁっ……!!」~
 魔理沙の顔を見て、すぐにフランドールが飛びついてきた。~
「げふっ。フ、フランドール、痛い……」~
「魔理沙ぁっ……死んじゃ、やだよぉっ……!!」~
 魔理沙の胸に顔をうずめて泣く。そんなフランドールを見て、霊夢は改めて魔理沙の置かれている立場を認識する。~
「フランドール……魔理沙が困ってるわよ…。離れてあげて……」~
 そんなフランドールに声をかけたのは、姉、レミリア。~
「うう……姉様……」~
「ほら…もう泣くんじゃない。私は大丈夫だから…」~
 そう言って、ハンカチでフランドールの涙を拭く魔理沙。~
「…うう………………うん………」~
 フランドールは、とりあえず落ち着いた様だった。~
「それで……どうして来たんだ? レミリア」~
 魔理沙が、単刀直入に聞く。この期に及んで、隠す事など何も無い。~
「……パチュリーに聞いたからよ」~
 パチュリーは頷いた。~
「…私は秘密にしておくつもりだったわ。でも、ここ最近私がよく動いたから、逆に怪しまれてしまったのね」~
 ふう、と溜め息。~
「でも、知らなかったら私は一生後悔するところだった」~
「……何でだ?」~
「…知らない間に、大切な友人を亡くす事になった。…しかも、自分のせいで」~
「!!」~
 魔理沙の目が驚きに見開かれる。~
「知って、いたのか? 自分の呪いの力の事……」~
「………ええ。全部、パチュリーに聞いたわ」~
「…そうか」~
 魔理沙は複雑な気持ちだった。~
 ~
 自分の体をこんな風にした張本人。それが目の前にいる。しかし、責めるつもりにはならない。~
 そう言えば、レミリアに大怪我負わされた時もそうだったっけ。~
 どうして、この少女には憎しみの情が湧いてこないのか。私はそんなに優しい人間だったか。~
 否―――そうだ。~
 レミリアは、言ってしまえば『危うい』。~
 ボロボロの吊り橋を渡る様に。出来の悪いヤジロベエの様に。薄い硝子細工の様に―――~
 傾いてしまうのだ。どちらにも。正気と狂気の狭間。何らかの、きっかけで。~
 そしてそのきっかけを作るのは、往々にして、他人。~
 あの夏の日。レミリアを狂わせたのは、他ならぬ霊夢と私―――~
~
「…自業自得、ってか……?」~
 ぽつりと呟く。その言葉に、レミリアが反応する。~
「……!? 何言ってるの!? 違うわよ……!! 悪いのは、私なんだから………!!」~
「レミリア!?」~
「レミィ!?」~
「姉様!?」~
 三人が、レミリアを止めようとする。しかし、止まらない。~
「そうよ!! 私はあなたに嫉妬して、あなたを傷付けて!! しかも死ぬ様な呪いまでかけて!! それなのに、どうして自業自得って言えるの!? どうして憎まないの!? 悪いのは、全部、私―――!!!」~
「―――レミリア!!」~
 がばっ!!~
 霊夢が、レミリアの体を後ろから抱きとめる。~
「あ…霊、夢―――」~
「レミリア……魔理沙が自業自得って言った理由は、私にも分からない……。でも、これだけは分かるわ……」~
「え………?」~
「魔理沙は、レミリアを憎んでなんかいない―――そうでしょう? 魔理沙……」~
 霊夢が魔理沙に視線を移す。魔理沙は、微笑む。~
「―――ああ」~
 その言葉。レミリアには、何よりの救いだった。~
「………う、うう………………うわあああああああああ……………………!!」~
「…レミリア…」~
~
 確かに原因を作ったのは、私達。しかし、きっかけを与えられて動いたのは、やはりレミリアの意思だった。~
 その事が、レミリアを悩ませた。苦しませた。~
~
「魔理沙………!! ごめんなさいっ………ごめんなさいっっ………………!!!」~
 少し前に、フランドールがそうした様に。魔理沙の胸に顔をうずめて、泣く。~
(―――でも、やっぱり)~
~
 そう、それでもやはり。魔理沙はレミリアを憎む事は出来なかった。~
 目の前にいるのは、五百年の時を生きた吸血鬼。しかし、今この場所で、魔理沙の胸の中で泣いているのは、ただの一人の少女だ。そして、その少女は自らの名を冠した業に押し潰されようとしていた。その姿を、誰が責める? 少なくとも、魔理沙にはそんな事は出来なかった。~
~
「霊夢……レミリアも、辛かったんだ……」~
「…ええ…」~
「だから……もう……いいんだ……レミリア………」~
「………ううっ………うぐっ………………!」~
 しゃくり上げるレミリアの体を、柔らかく、抱く。~
~
 この小さな体に、これ以上の苦しみを、与えぬように。~
~
~
「ねえ、パチュリー。あれから調べて、どうだった?」~
 魔理沙とレミリアを部屋に残し、他の三人は居間に移っていた。二人きりにして欲しいという、魔理沙の頼みだった。~
「……駄目。やっぱりあの呪いは、レミィ自身にも解く事が出来ないって……」~
 そう言ったパチュリーの顔には、疲労の色が濃い。連日、調べていた結果であった。~
「………そう………」~
「霊夢…これから、どうするの……?」~
 パチュリーが霊夢に尋ねる。~
「…勿論、魔理沙と一緒にいるわ」~
「…辛くなるわよ」~
「いいのよ。だって、もう決めた事だもの」~
 はっきりと告げる。~
「…そう。強いのね、霊夢は」~
「そんな…そんな事無いわよ」~
「いいえ。私だったら耐えられないわ、きっと。やっぱり、魔理沙は幸せね」~
「……」~
 ~
 私の、幸せ。それは、傍に魔理沙がいる事。―――では魔理沙は?~
 魔理沙は…私がいれば、幸せ? パチュリーはそう言うけど、本人の口からは、怖くて聞けない。~
 でも、やっぱり。私は、魔理沙を幸せにしたい―――~
~
「嫌あああああっっっ!!!」~
~
「!!」~
「!? 姉様!?」~
 突如として聞こえた、レミリアの悲鳴。その声を聞いた瞬間、霊夢は駆け出していた。~
「あっ! 霊夢!?」~
 パチュリーの声を背に受け、霊夢は魔理沙の寝室に辿り着いた。そこには―――~
「―――魔理沙っ!!」~
 倒れ伏す魔理沙と、その体を揺するレミリア。~
「レミリア! どうしたのっ!?」~
「あ……あ……霊夢……! 魔理沙が急に、苦しそうに咳き込んで……! それで、それで……!!」「何ですって……!? 魔理沙、しっかりして!!」~
 慌てて魔理沙を抱え起こす。魔理沙は、ぐったりとして、動かない。そして、口の端から、血の筋。~
「魔理沙……返事して………!!」~
「………う………うう………ん………」~
 魔理沙が、微かに体をよじる。~
「………霊夢………私は………」~
「良かった…! 気が付いたのね…!?」~
「ああ……」~
「とにかく横になって……! レミリア、氷水とタオル用意して!」~
「え……あ、うん……!」~
 駆け出すレミリア。霊夢は、魔理沙を布団に寝かせる。~
「悪い、心配かけた………」~
「何言ってるのよ………そんな事より自分の体を心配してよ………」~
「……ん」~
~
「魔理沙! 大丈夫!?」~
「魔理沙っ!」~
 遅れて到着したパチュリーとフランドール。布団で横になる魔理沙を見て、一応の安心を得た。~
「霊夢……持ってきたよ」~
 そして、レミリアが戻ってくる。レミリアの持ってきた氷水とタオルで濡れタオルを作り、魔理沙の額に乗せる。~
「ふう………」~
 魔理沙が眠り、一息つく霊夢。ひとまずは、落ち着いた。~
「………魔理沙、ごめんなさい………ごめんなさい………」~
 魔理沙の手を握り、ただひたすらに謝るレミリア。無理も無い。彼女自身の能力の恐ろしさを、間近で見てしまったのだから。~
「レミリア、もういいのよ。魔理沙だって、許してくれた……」~
「…霊夢。でも、私の気が済むまで謝りたいの……」~
「……レミリア」~
 その後もレミリアは謝り続けた。涙を流しながら。そんなレミリアの姿を見ながら、霊夢は思った。~
~
 スカーレットの呪いは、呪われた者だけでなく周囲の者にも悲しみを撒き散らす。パチュリーの言う通り、恐ろしい呪いだった―――~
~
~
「……そろそろ帰りましょう、レミィ」~
 時刻は、夕方。と言っても、日は既に半分以上沈んでいた。~
「え…でも……」~
「魔理沙の事は霊夢に任せれば大丈夫よ…ね、霊夢?」~
「…ええ」~
 しっかりと頷く。~
「………分かった」~
 レミリアも、霊夢のその一言で承知したのか、立ち上がる。~
「…行きましょう。パチュリー、フランドール」~
「あ……うん」~
 姉の様子を心配そうに見ていたフランドールも、了承する。~
~
「それじゃあ、さようなら。霊夢、魔理沙」~
 縁側からレミリアが外へ出ようとした時、~
「待って」~
 霊夢が、引き止めた。~
「……何?」~
「また……来てね。待ってるから……」~
 その言葉に驚いたのかレミリアは止まったが、しかし、~
「………………うん」~
 確かに、そう言って頷いのだった。~
~
~
「…帰ったのか。レミリア達」~
 霊夢が魔理沙の寝室に戻ると、魔理沙が体を起こしていた。~
「魔理沙! 起きて大丈夫なの?」~
「ああ、一応」~
「無理しないでよ…?」~
 レミリアの手前、大丈夫と言った霊夢だったが、やはり心配であった。~
「レミリアには、辛い思いをさせちまったな……」~
 ここに来てなおレミリアの心配をする魔理沙に、霊夢は問いかける。~
「ねえ、魔理沙……。魔理沙は今、幸せ?」~
 今まで聞けなかった言葉。明日をも知れぬ体になって、魔理沙は何を思うのか―――?~
~
「ああ、幸せだぜ」~
~
 そんな霊夢の心配を、魔理沙はあっさりと打ち砕く。~
「え―――?」~
「幸せだよ、私は」~
「何で……? そんな体で……どうしてそんな事、簡単に―――」~
「簡単さ。だって、霊夢がいるんだからな」~
~
『霊夢がいるんだからな』~
~
 その言葉は、霊夢の心に、深く染みる。気付いたら、霊夢はぽろぽろと涙を流していた。~
「―――霊夢?」~
「魔理沙……ありがとう、ありがとう………!」~
「お、おい…泣くなよ……」~
「だって、嬉しいんだもの…!」~
「しょうがないなあ……」~
~
 すっ、と魔理沙の手が霊夢を包み込む。~
 優しい手。~
 今はただ、魔理沙の鼓動を感じたくて。~
~
 霊夢は、魔理沙に身を委ねた―――~

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