『Missing Link』第5話



「あぅっ・・・・・・・!!」

霊夢の胸に突き立った光の槍から、いや、槍が突き立った所から大量の光が漏れる。
光は全てを包み、あるいは薙ぎ、飲み込み、辺りを漂う妖気ですらかき消していく。

「アリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そして全ての光が消え去った時、霊夢はその場にどさりと崩れ落ちた。


「やった!やったわ!ついに霊夢を倒した!私が少し本気になれば人間なんて、霊夢なんて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・霊、夢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

アリスの瞳が獣のそれからヒトのそれに戻る。終始浮かべていた狂気の表情も取れ、いつものアリスに戻っていた。
呆然とした顔で周りの光景を眺める。無造作に薙ぎ倒された木々、差し込む木漏れ日、立ち込める土煙。
そしてアリスの前には倒れ伏す霊夢。乙女文楽のレーザーを胸に受け、服が焼け焦げている。


「れ・・・・霊夢・・・・・・・・・・・?」

霊夢は動かない。何か言いたかったのだろうか口は半開きで、目は静かに閉じられている。まるで眠っているかのように。
手を触ってみるとまだ暖かい。まだ暖かいが、この手が冷たく固くなってしまうのも時間の問題だろう。



「・・・・・・・いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」



それは、正気に戻ったアリスを絶望の淵に叩き落すには十分すぎた。
自分は何て事をしてしまったのだろう。魔理沙に、他の皆に何と言ったらいいのだろう。


避けられるはずの攻撃だったのに避けなかった霊夢が悪いのか。
違う。

たった一撃で死んでしまった霊夢が悪いのか。
違う。

自分を力ずくで止められなかった霊夢が悪いのか。
違う。

自分を魅了した魔理沙が悪いのか。
違う。


一時の感情に惑わされてしまった自分が悪いのか。
そう。

全ては、自分が、悪い。


強烈な後悔がアリスを襲う。自分がした事を受け止め、目の前の現実を直視し、ただひたすら泣く。
アリスは、霊夢とは悪い仲ではなかった(魔理沙とも実際は仲が悪いわけではなかったが)。
多少言葉が悪くなってしまう事もあったが、それはお互いの言葉遊びの延長だし悪意も敵意もない。どこにでもいそうな普通の友達だったはずだ。
それを、自らの手で殺してしまった・・・・・・・・・・

「うぐっ・・・・ごめんね、ごめんね霊夢っ・・・・・・・!」

持ち上げた霊夢の手がアリスの手から落ちる。力なく、モノのようにぽとり、どさりと。

「ごめんねっ、ごめんねっ・・・・・・・私のせいでこんな事に・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

口をついて出てくるのは霊夢への謝罪の言葉のみ。
いくら謝っても霊夢は還ってこない。パチュリーならあるいは死者を蘇生させるような術を心得ているかも知れないが、
霊夢を殺してしまった自分に霊夢の復活を頼む資格など自分にあるはずもない。
だから、アリスは泣き続けた。泣いて泣いて、ひたすら霊夢にわび続けた。それが霊夢に報いる唯一つの方法だと思って・・・



「・・・・・ごめんねっ、霊夢ごめんねっ、ごめんねっ・・・・・・・・・・・・!」
「・・・・・・人を勝手に殺さないでくれる?」
「うん、もう勝手に殺したりなんかしないからっ・・・・・・・・・・・・ごめんね霊・・・・・・・・・・む?」
「残念だけど死んじゃいないわよ」

アリスの目が丸く見開かれた。雨のように流していた大粒の涙も止まり、霊夢の顔を見つめ直す。
穏やかな表情で閉じられていた霊夢の目がゆっくりと開き・・・・・・その身を起こす。

「霊夢・・・・い・・・生き返っ・・・・・・・・・た・・・・・?」
「喰らいボムよ・・・危ない所だったわ」
「・・じゃ、じゃあ今の光・・・・・」
「そう、封魔陣。喰らいボムとはいえ一度は攻撃を受けるんだから痛いのよ」


それは全くの偶然であり幸運だった。

霊夢の懐にスペルカードが1枚だけあった事。
それが霊符でなく夢符だった事。
それを攻撃に使わなかった事。

全ての偶然が結びつき、結果的に誰も傷つく事なくアリスは暴走を止めたのだった。


「霊夢っ・・・・・・・!!」

再び涙を流し、霊夢に飛びつこうとするアリス。もう、殺意も敵意もない。
だが、そんな彼女を迎えたのは霊夢の平手打ちだった。


パシッ・・・・!


「あっ・・・・・!?」

まともにその平手を受け、アリスの勢いが止まる。
力はこもっていない。だが、その一撃はアリスを呆然とさせるのに十分だった。
霊夢は俯いたまま、それ以上何もしない。何もせず、ただアリスに問いかける。

「アリス・・・・・・あんた、自分が何やったか分かってる・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「答えて」

「私は・・・・・私は、霊夢を殺そうとした・・・・・・・・一時の感情に流されて・・・・・・・・・・・・」
「それだけじゃないわ・・・・・見て」

そう言って後ろを指差す。木漏れ日のおかげで何とか指差した先が見える。
アリスの目に映ったのは見覚えのある建物・・・自分の家だ。霊夢を追い回す事に夢中で、知らぬ間に魔法の森の中央部から出てきていたのだ。
そして、それを見たアリスの顔が一気に蒼ざめる。

「私の・・・・・・・・家・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「あんたの家・・・魔理沙がいるんでしょ?」
「・・・・あ・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・」
「私があれに気付かなかったら・・・・・私が盾になれなかったら・・・・・・・」


「私はあんたをきっと・・・・・・・一生許さなかった」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


霊夢の静かな声とアリスの悲痛な叫びが重なる。
その場に崩れ落ちて再び泣きじゃくるアリス。そんな彼女を霊夢がそっと抱き寄せる。

「ごめんね霊夢っ・・・・私、魔理沙も殺しちゃう所だった・・・・・・!ごめんね、ごめんね・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「アリス・・・・今だから言うわ。『他にやり方がある』はず・・・・・あんたはどこかでそれを間違えちゃったのね・・・・・・
 好きなら好きってハッキリ魔理沙に言ってやれば・・・こんな事にはならなかったかも知れないわ」
「霊夢・・・・・・・・」
「安心して、私の見た限りじゃあんたの家は無事よ。多分、魔理沙も・・・・・」
「うん・・・・・」

「ありがとう、霊夢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



霊夢の胸の中で、アリスはずっと泣いていた。
後悔、喜び、カタルシスの涙。それらを全て流しつくし、ようやく落ち着いてからアリスの家に向かう。
玄関を開けると、心配そうな顔の魔理沙が二人を出迎えた。

「霊夢、アリス・・・二人ともどこに行ってたの・・・・・?」
「ちょっと、二人でお散歩がてらお話をね」
「そう・・・・・・ならいいけど・・・・・」
「・・どうかした?」
「・・・・・・こんな私だから、捨てられちゃったのかと思って」

「そんな事・・・・・・・・・そんな事ないわ!」

アリスが叫んだ。靴も脱がずに廊下へ上がり、 俯き気味だった魔理沙を思い切り抱きしめる。

「ごめんね魔理沙・・・もうあなたを置いて行ったりなんかしない、傷つけるような事はしない・・・・・・」
「アリス・・・・・・・・?」
「私と霊夢であなたをずっと守っていく・・・・・きっと幸せにしてみせる・・・・・・・・・・絶対」

「・・・・・アリス・・・・・・・・・・・」
「絶対。約束だから・・・・・・・・・・・」


魔理沙の記憶が戻った後も、こんな風に自然に抱き合えたらいいのに。
それは、霊夢とアリス共通の想い。その想いを胸に秘め、今はただ魔理沙の無事とアリスの回帰(快気)を密かに喜ぶのみ。
魔理沙だけが状況を飲み込めず、それでもアリスに抱かれ満面の笑みを浮かべていた。










それから1週間ほど。まだ魔理沙の記憶は戻らない。
今日は、霊夢が魔理沙を連れて博麗神社の周辺をのんびり散歩していた。
パチュリーの言葉に従い、魔理沙がよく行っていた場所に行こうという事で手始めに博麗神社を選んだというわけだ。
神社の周りを歩いたり、神社の境内で遊んでいる妖怪たちを見つけたり、一緒にご飯を食べたり・・・霊夢と魔理沙の一日はあっという間に過ぎていった。
もう既に陽は落ち、虫の鳴き声が聞こえてきた。空には鋭い三日月とたくさんの星、縁側でのんびりするにはちょうどいい涼しさだ。


「はい、魔理沙。あんたが好きだった土蜘蛛酒」
「お酒・・・?」
「こんな時間にお茶を啜るってのもアレだし、何よりこれはあんたのお気に入りだったのよ」
「へぇ・・・・・・」

お猪口に注がれた酒を一口、そしてむせ返る。
慌てて背中をトントン叩く霊夢、咳き込みながらも注がれた分は飲み干す魔理沙。

「ケホッ、ケホッ・・・ほ、本当にお酒なんか飲めたの?私・・・・・・」
「勿論。あんたの家には酒瓶が山のように」
「・・・・・・なんだか想像したくないわ」
「・・・まぁ、『山のように』ってのは言い過ぎかも」

笑いながら霊夢も一口、彼女はケロリとしている。
負けじと魔理沙ももう一口注ぎ、鼻をつまんで一気飲み。やっぱりむせ返る。
少し涙目になってみたり、笑ったり、咳き込んだり。楽しい一時を過ごす二人を、夜空の三日月と星々だけが見つめ続けていた。





「ねえ、霊夢?ちょっと聞いていい?」

少し顔を赤らめて魔理沙が問う。酒の力か、少しだけ言葉にノリがあり勢いも感じられる。

「アリスは・・・・アリスは私の事好きだったの?」
「・・・好き『だった』?なぜに過去形?」
「・・・・・アリスは、今の私の事は好きだって言ってくれた。じゃあ昔の、記憶があった時の私は・・・?」
「ん~・・・・・アリスは元々素直じゃないし、あんたの前じゃ照れもあったみたいだけど、少なくとも嫌ってはいなかったはずよ。
 周りからは仲が悪いなんて偶に言われたりするけど、私はそうは思ってないわ」
「そう・・・・・・・じゃあ霊夢は?私の事好き?」

今夜の魔理沙はよく喋る。ほんの1週間前にあんな事があったばかり、二人の気持ちを確かめておきたいのだろう。
饒舌というよりは必死である。そんな魔理沙の頭をポンポンと撫で、霊夢は微笑んだ。

「そんな心配しなくても、私はここに居るじゃない・・・」
「霊夢・・・・・・」
「大丈夫。私はあんたの事が好き、好きで好きで気が狂っちゃいそうなくらい魔理沙が大好き・・・・・・」

そう言って唇に軽いキス。魔理沙をそっと抱き寄せる。
そして霊夢の耳元で、今度は魔理沙が囁く。


「じゃあ霊夢・・・・・私は?私は霊夢とアリスの事が好き『だった』?」
「・・・・・ん?」
「今の私は霊夢もアリスも好き・・・・・じゃあ昔の、記憶があった時の私はどうだったのかな、って・・・・・・」
「そうねぇ・・・・・・・・」

少し考え、そして閃く。
誰か聞いているわけでもないのに、必要以上に声を小さくして魔理沙にだけ囁きかける。

「昔の魔理沙は私の事が大好きだった、アリスの事も・・・アリスの前じゃ言わなかったけど私には好きだって言ってたわ」
「・・・・・・」
「嘘なんかついてないわよ」


「・・・ありがとう・・・・・・・・・・・・!」

嬉し涙が頬を伝う。霊夢の体に回している腕に少しだけ力が入り、霊夢を放そうとしない。


「私・・・私・・・・・・あなた達に出会えて、本当によかった・・・!」
「魔理沙・・・・・・・・・・」
「だって、私と霊夢とアリスはお互いに仲良しなんでしょ?それが分かって嬉しいの・・・・・・」
「そう・・・・・ね」



「ねえ、霊夢・・・・私、霊夢とも・・・・・・・・・・・・・・したいの」

突然、魔理沙が言葉を漏らした。これもやはり、他の誰にも聞こえないような小声で。

「魔理沙・・・・・・!?」
「アリスとは一回したの・・・・・それで、霊夢としないのは何だか不公平だな、って思って・・・・・」

今度は魔理沙から霊夢にキス。霊夢がした時より断然長く、しかも一度や二度では飽き足らないらしい。
拙いながらも唇で唇を何度も弄り、霊夢を求めていく。まるで愛する男女が交わすキスのように。

「んっ・・んっ・・・・・・・・・・・ねえ、霊夢・・・お願い・・・・・・」
「・・・・魔理沙・・・・・・・」

上目遣いの魔理沙と目が合った。下心など何もない、ただ一途に霊夢を求める瞳。
魔理沙の本音に、純白の気持ちに。今ここで応えないわけにはいかない。応えなければ女が廃るし友達失格だ。
そして、霊夢は身体の芯に何か熱いものが込み上がってくるのを感じていた。それは魔理沙への想い、そして少しばかりの本能。理性で鎮められる物ではない。


「いいわ・・・・・昔やってたみたいに、もう一度してあげる・・・・・・・・・・」


魔理沙の頬を伝う涙をふき、もう一度長いキスをした。

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Last-modified: 2018-01-07 (日) 04:56:13 (2295d)