注意 18禁です。
   でもエロくないです。
   要流血耐性。
























「おはよう、咲夜」
「ひ…きゃんきゃん!」

 鎖の許す限界まで、咲夜は逃げた。
 その目はまさに怯えた子犬の目そのもの。

「もういいのよ、終わったわ」
「わんわん! わんわんわん!!」

 首輪を繋いでいた杭が引っこ抜け、咲夜は四本足で走って行った。

「あっ、ちょっと咲夜…」

 自室へ入った咲夜を追いかけて、扉を空ける。
 部屋の隅で震えている咲夜がいた。

「ねぇ、咲夜ってば」
「わんわんわんわんわんわん!!」

 私に向かって、懸命に吼える咲夜。
 まるで、近づくなと言ってるみたいに…

「どうしたの?」
「うっ…」

 もう少し近付いたその時、咲夜は思いもかけない行動を取った。



「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」



 泣いた。
 咲夜が。
 小さな子供のように。

 泣き止まない咲夜を前に途方に暮れていると、いきなり襟首を引っ張られ、部屋から引きずり出された。
 入れ替わりに、美鈴が入って行くのが見えた。

「レミィ」

 私を引っ張った手はパチェだった。
 一度も見せた事が無い、怖い顔をしている。

「咲夜の事が大切なら、しばらく彼女には近寄らないで」













 目を覚ましたのは、とんでもない時間だった。

 着替えて外に出たら、美鈴に部屋に戻されて、服装を正された。

 お腹が減ったので配給のお弁当を貰ったが、二口で食べるのをやめた。

 喉が乾いたが、紅茶の淹れ方が分からなかった。

 仕方なくパックの血を飲んだ。






 そんな日が二、三日続いた後、私の番が来た。
 歓声の中、最萌トーナメントの舞台に立つ。
 舞台の上には、私の対戦相手である冥界の姫。
 その傍らには、彼女に付き従う二刀の剣士。

 そして私の傍には……………誰も居なかった。





 結果は負け。僅差だったらしい。
 だけど、そんな事も、負けたこと自体も、何もかも、どうでも良かった。




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 呼び出しがかかるまで、裏最萌の事もすっかり忘れていた。
 仕方が無い。覚悟を決めて、西行寺の姫の部屋へと向かう。





「いらっしゃい」
「…さっさと用件を済ませて貰えるかしら」
「あら、そう。ならとりあえず服を脱いで」

 そら来た。
 時間をかけず、さっさと服を脱ぎ去ってしまう。

「それじゃ、しばらく目を閉じてて」

 言われた通り、目を閉じて待つ。
 特に何も起こる風は無い。一体何をさせたいのだろうか。

 しばらく待っていると、戸の開く音に次いで、足音がした。
 足音は私の前まで来て止まった。

「もういいわよ、目を開けても」


 目を開いた私の前に飛び込んで来たのは……

 あまりにも意外で、あまりにも見慣れた顔。



「咲……夜…?」



 何故?
 疑問符がいくつも走るが、ともかくそこには咲夜が居た。
 ただ、その顔は無表情で、少し怒っているようにも見え……

 びしゃ。

 咲夜の顔が、服が、赤く染まった。

 それからまず、胸に激しい痛みを感じて、
 胸に刺さった銀のナイフが目に入り、
 それが咲夜の手に握られているのを確認し、
 腕をたどってもう一度咲夜の顔を見て、
 やっと、それが自分の血だと認識した。


 声も出なかった。
 事態を認識したものの理解できないまま、第二撃が振り下ろされる。


「がっ……!!」

 考えるのを止めて、再生に全力を傾ける。
 銀で負った傷を治すのは結構な労力だ。
 だけど、その間も咲夜の手は止まらなかった。

 ぐさっ、ぐさっ、ぐさっ…
「あっ!! ぐっ!! ぎっ!!」

 痛い。
 痛い。
 痛い。
 どうして。
 どうして。

「どうして…」

 一旦、咲夜の手が止まった。
 今まで黙っていた、亡霊の姫が口を開く。

「どうして?
 心当たりが無いとでも言いたいの?
 貴方が彼女に何をしたのか、覚えてないとでも言うのかしら?」
「そ、それは…」

 ざくっ。
「!!!!!」

「彼女に声をかけてみたの」
「え…」
「私は勝った。24時間、彼女を好きにできる。この機会に復讐しないかってね」
「そ、そんな…」

 どすっ。
「ぎぃ!!」

 咲夜の手が、また動き出した。




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 最初に出会った時は、闘いだった。

「貴方、面白いわ」

 破れた彼女を自分のメイドにした。

「何時でもかかってらっしゃい」

 紅魔館では禁じている銀の刃物を、彼女にだけは持つ事を許した。
 挑発の意味を込めて。
 久し振りに味わう刺激に、私は大いに喜んでいた。

 …けれど。

 それ以降、その刃先が自分に向けられる事は一度も無かった。
 彼女は私のメイドになり、
 友人になり、
 家族になり、
 そして、いつしか恋人になった。

 それと一緒に、銀のナイフの持つ意味も変わっていった。
 私はもう、彼女を全く警戒していない。
 今の彼女であれば、私の寝首を掻くことも容易だろう。



 けれど、彼女がその刃を私に向ける事はもう絶対に無い……はずだった。





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 傷を再生するのを、やめた。


 ようやく気付いた。
 非道い目にあわせたから、咲夜は私に刃を向けたのでは無い事を。
 私が咲夜を信頼していたように、咲夜も私を信頼していたのだ。
 私が咲夜の信頼を裏切ったから、咲夜はその信頼の証を私に突き立てたのだ。

 咲夜になら、殺されても良かった。
 むしろそうなるべきだと思った。

「…分かってない」
 突然、亡霊の姫が口を開いた。
 同時に、咲夜の手が止まる。

「本当に、分かってないのね、貴方」
「…な…にが」
「本気で、彼女が貴方に復讐するなんて思ってるの?」
「…え?」

 亡霊の姫は溜め息を一つつくと、やや語気を荒げて話し出した。

「私が彼女をそそのかした時、彼女はなんて答えたと思う?
 『私はお嬢様を愛している。私はお嬢様を信じている。そんな事ができるはずがない』
 って言われて、追い返されたわ」

「…!」
「だから、ちょっと身体を乗っ取らせて貰ったのよ」


 信じられなかった。
 私は咲夜を裏切ったのに、咲夜はまだ私を信じてくれているなんて。
 胸が痺れるように熱くなる。
 嬉しくて、涙が出てきた。

「ようやく分かったみたいね」

 私は頷いた。
 咲夜を裏切った挙句、目に見える物に騙され、咲夜の心を理解していなかった自分を恥じた。
 同時に、咲夜に会いたいと思った。
 声が聞きたかった。自分の不実を詫びたかった。


「お願い…」
「何?」
「咲夜に、身体を返して…」
「いいわよ」

 彼女の笑みが不自然な事に、私は気が付かなかった。





 咲夜の目に、はっきりとした光が戻る。
 それから、自分の手を見て、
 服を見て、
 周りを見て、
 私を見て…

「あ…あ…」

 咲夜の顔が歪んだ。
 …!

「うわああぁぁぁぁああああぁあああ!!!!!!!」

 しまった。
 咲夜は叫びながら床へ崩れ落ちる。

「咲夜っ!」
「ーーーーーーー~~~~~!!!!!!」
 頭を壁に打ちつけ、奇声を発する咲夜に、私の声は届かない。
 そのまま咲夜は、血に塗れたナイフを自分の首に当て…

「待って、咲……」


 真っ赤な血の海。


 目の前に広がった光景を、私は信じられなかった。
 否、信じたくなかった。
 認めれば、それで全てが終わってしまう気がした。
 咲夜が。
 咲夜が。
 咲夜が咲夜が咲夜が咲夜が咲夜が!!!

 くすくす…
 亡霊の姫が笑っている。
「こうなる事ぐらい予想できなかったのかしら?」

 きっ、と彼女を睨みつけた。
 胸の中で暴れ回る、処理できない感情を、まとめて彼女へ向ける

「よくも…よくも咲夜を!!」
「あら、まるで私が彼女を殺したみたいな言い草ね」
「…普段の彼女なら、自刃するよりは私に刃を向けたんじゃないかしら?」
「うるさいっ! 咲夜を、咲夜を返して!!」
「彼女の心を弱らせたのは、貴方」
「ぐ…」
「彼女自身に刃を向けさせたのは、貴方」
「…それ以上言うなっ!!」
「彼女を殺したのは……貴方よ」
「違う! 違う!! 違う!!!」


「何とでも言いなさい。どの道、もう彼女は貴方の元へは帰って来ない」
「…!!」


 駄目だ。
 耐えられない。
 心がみしみしと悲鳴を上げるのが分かる。
 涙を止められない。
 壊れてしまう。
 助けて。
 助けて…咲夜…





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「お嬢様?」

 私の心がまさに砕けようとした時、聞き慣れた声が耳に入った。

 振り向けばそこには、確かに、目の前で、死んだはずの咲夜が立っていた。
「え…?」
「…ふふ、面白い見世物だったでしょ?」

 咲夜の姿はすぅっと薄くなると、何時の間にか人魂の姿になり、亡霊の姫へと吸い込まれて行った。
 よく分からないけど、私はまた騙されていたらしい。
 でも、そんな事より。

「咲夜は…無事なのね?」
「言ったでしょ? 私は追い返されたのよ」

 身体中から力が抜けた。
 咲夜が生きている。
 咲夜がまた、私の傍に戻ってきてくれる。
 それだけでもう、何も要らなかった。

「さっさと彼女の所へ帰ってあげなさい。それが最後の命令よ」

 私は服を着ると、ろくに整えもせずに部屋を飛び出した。



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「ねぇ妖夢、貴方が私のお気に入りの着物を破いてしまった時の事、覚えてる?」
「はい」
「私は怒りに任せて、ひたすら貴方を打ち据えたわ」
「はい」
「それで、目を覚ましてみたら、貴方の姿はどこにも無かった」
「…もう、お傍には置いてもらえないと思いました」
「あの時の私は、きっとあの悪魔みたいな目をしてたのね」
「…そして、あのメイドが私と同じだと?」
「森で倒れていた貴方を見付けた時、貴方は何と言ったか覚えてる?」
「もう一度、お傍に置いてください、と」
「私が馬鹿だったわ。
 妖夢が居なくなったら、一番悲しむのは私なのに。
 私が居なくなったら、一番悲しむのは妖夢なのに。
 それなのに、私は、貴方の事なんて考えもせずに…」
「…幽々子様、もうその話は止めましょう
 私はこれからもずっと、幽々子様のお傍に居ます」


「ねぇ妖夢」
「はい」
「今夜は一緒に寝て欲しいな」
「…どこへでもお供します」




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「咲夜っ!」

 私はノックもせず、咲夜の部屋の扉を開けた。
 返事は無い。

「咲夜、咲夜っ!?」

 何度も呼ぶが、反応は無い。
 先程の悪夢の光景が浮び、背筋が寒くなる。
 もう咲夜は、二度と私の前に現れないのではないか。

 違う。
 違う。
 そんな事があるものか。
 でも、咲夜は何処に…あ…!
 








「お帰りなさいませ、お嬢様」

 やっぱり。
 咲夜は私の部屋に居た。
 いつもと変わらぬ姿で。
 いつもと変わらぬ笑顔で。

「咲夜…その…」
「私はもう大丈夫です。お嬢様」

 涙で前が見えない。
 私は目を閉じて、思いきり咲夜の胸へと飛び込んで行った。




 おしまい

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 あとがき

 最後まで読んでくれた人、ほんとにごめんねごめんね。
 本文読まずにあとがきだけ読んでる人、萌えさいたまを考えた人は天才と馬鹿の境界に居ると思います。

 裏最萌全盛期の頃から考えてた話です。
 死を弄ぶ幽々子様の事、当時はこれぐらいやってくれそうなイメージだったのですが…
 永夜抄のあれは何ですか。馬鹿(失礼)ですか? 白痴(失礼)ですか? 星辰病(失礼)ですか?
 従者に「うるさい」とか言われてるし…
 なけなしのカリスマもどこかへ飛んで行った幽々子様に乾杯。むしろ完敗。

 次はえろえろよー!なのを書けるようにがんばります。

 書いた人:達磨源氏


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Last-modified: 2018-01-07 (日) 04:56:13 (2272d)