「興醒めだわ・・・・・・帰る」

少女は心底つまらなさそうな顔をしていた。
足元には肉塊とでも呼べそうなほど酷く傷ついた人間と、比較的軽い傷で済んでいるヒトによく似たケモノ。
少女は、その二人と遊んでいた―――否、彼女が一方的に遊んでいたのだ。
酷く傷ついた人間――妹紅と呼ばれる少女――は、どれほどの傷を負ったとしても決して死ぬ事がない。
だから、少女はあの手この手でどうにかして妹紅を殺そうと試みるのだがどれも上手くいかない。
そこへヒトによく似たケモノ――慧音と呼ばれる半獣――の邪魔が入り、仕方なく返り討ちにしたという次第だ。


「・・・じゃあね、妹紅。また来るから」

だが今は大して気にかけていない。壊れた玩具を捨てるように二人を置き去りにし、
妹紅の再生を待ちつつとりあえずは眠ろうと住処に向けて歩を進め始めた。

少女の名は蓬莱山 輝夜。地上に隠れて暮らす、元・月の姫だ。





「・・・・・・あら?」

広い広い竹林の片隅にある大きな屋敷。これこそ、輝夜が隠れ住む『永遠亭』だ。
そしてその主門には人が立っているのが見えた。赤と黒のナース服に身を包み、見事なまでの美しい銀髪をなびかせている。
輝夜の従者にして月面一の頭脳を持つ薬師、八意 永琳がそこにいた。

「草木も眠る丑の三つ・・・・・こんな時間にお出迎え?ご苦労様」
「・・・姫・・・・・・ちょっとお待ち頂けます?」
「何?」

何事もなく横を通り過ぎようとする輝夜を永琳が引き止めた。
穏やかな笑みを浮かべているが、その目だけは全然笑っていない。

「・・・仮にも姫は隠れ住む立場のお方。お出かけの時は私に一言、と何度も申し上げたはずですが・・・・・・」
「大丈夫よ、そんな遠くには行ってないし」
「また例の人間の所ですか・・・・・・それでも駄目です、私も含め皆心配してるんですから」
「私がその辺の人間や妖怪どもにやられるわけはない・・・・永琳だって分かってるでしょ?」
「・・・・・・そういう問題では・・・・・・・・・・・・・」


はぅ、とため息をついてうなだれる永琳。
月で我侭に育てられた輝夜が小言をおとなしく聞いてくれるとは思えない・・・・・と予想はしていたが、
まさかここまで話が噛み合わないとは思わなかった。小さな子どもだって人の話を聞くときはちゃんと聞くのに。

「・・・・姫には何度言っても無駄ですね・・・・・・何度っていうか何百回と注意してきたんですが」

言いながら、懐から小瓶を取り出す。厳重に蓋がしてあるその中には、何やら無色の液体が入っている。
永琳の持ち物ならば何らかの効能を持った薬だろう・・・輝夜はそう直感した。
そしてその小瓶が輝夜の目に留まった瞬間、永琳の『力』が爆発的に膨れ上がった。
彼女たちが弾幕を張る為に力を集中する時に生じる、いわば能力の余波が漏れ出ているのだ。
思わず、輝夜は一歩退いて永琳と距離をおいていた。


「・・・・・ちょっ・・・・・・・・・・・・・!?」
「子どもだって言葉で物事を理解する事ができるんですよ、姫・・・・・・それができないと言うのでしたら、
 力ずくでも理解して頂かなければなりません・・・・・・・・・・・」
「・・・・・ずいぶん物騒な冗談に聞こえるわ」
「冗談・・・?・・・・・・・まさか、私は姫に嘘もつかなければ隠し事もいたしません」
「だったら尚更よ。それが何だか知らないけど、使わせるわけにはいかないわね」

輝夜も精神を集中させ、その余波でちょっとした上昇気流を巻き起こす。
二つの竜巻が真夜中の竹林で渦巻き、竹の枝葉をざわめかせる。
ともすればこのあたり一帯を焦土と化してしまいそうな力がそこにあった。



「ふっ!」

先に輝夜が動いた。両腕を大きく広げ、その掌から使い魔を呼び出す。
2匹の使い魔は輝夜の衛星のごとく回り、七色の光の槍をばら撒き始める。
輝夜が持つ『五つの難題』の一つ、『神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」』だ。

「撃てぇッ!」

気合の叫びにも似た輝夜の指示を受け、使い魔は砲台となってレーザーを撃ちまくる。
光の槍は竹を灼き、地面に突き立ち、大気を震わせ、当然目の前にいる永琳にも殺到する。
だが永琳は身じろぎ一つしない。空いている手を無造作に前にかざし、掌の中心から光を生み出した。
光は波紋となり、波紋は空間に見えない壁を生み、次々に襲い掛かる光を片っ端から受け止めては砕いていく。
そして全ての光が闇に拡散し、未だ光が掻き消えない中で永琳はふぅ、と一息ついた。


「・・・姫、こんな所でそんな事をしたら屋敷が壊れてしまいます・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、あら?」

光の向こうにいるはずの輝夜の姿が見えない。闇ではなく、閃光に乗じて姿をくらましたようだ。
だが付近に殺気は感じない。殺気を感じないのならこれ以上迎撃体勢を取る必要もないだろう。
永琳は結界作りの為にかざした手を下ろし、力の集中を解いた。



「・・・・・・・スキありっ!」

まさにその時。永琳にできた一瞬の隙を突いて輝夜が降ってきた。
閃光に乗じて永琳のはるか頭上まで飛び上がり、気配を殺して機を伺っていたのだ。

「え」
「遅いわ!永琳覚悟っ!!」

上から聞こえてくる声に気付いて上を向くも、時既に遅し。永琳の目の前に降り立った輝夜は、
腕を永琳が引っ込めるより一瞬早く小瓶を掠め取っていた。

「し、しまっ・・・・・!?」
「・・・あんな簡単に警戒を解くなんて永琳らしくないわね・・・・・・・まあ、これが手に入ったからいいけど」
「・・・・・・・・!」
「何に使う薬かしらね、これ・・・・・・・でも、残念だけど使わせるわけにも返すわけにもいかないわ」


小瓶を持った手を大きく振りかぶり、そして足元に向かって迷わず振り下ろす。
こんな状況だと流石に永琳の表情からも余裕が消え去る。だが輝夜は容赦しない。

パリンッ・・・・!

ガラスが四散し、中にあった液体が漏れて地中に染み込んでいく。
その様子を見て、輝夜は勝ち誇ったように胸を張った。

「目論見が外れて残念・・・・・って所かしら?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・さぁて、もう結構な時間になってきたし、私はもう寝るわね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うふふふ」
「!?」
「うふふ・・・・・・うふふふふふふふ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

呆然と立ち尽くす永琳を尻目に輝夜が彼女のすぐ横を通り過ぎた瞬間。背後から含み笑いが聞こえてきた。
輝夜の背後にいるといえばそう、永琳しかいない。輝夜に対する何らかの切り札になるはずだったのであろう薬を奪われ、
あまつさえその小瓶を割られてしまったというのになぜか笑っている。
まさか永琳に限ってショックのあまり心が壊れてしまうなんて事はないはず・・・・・・しかもこの程度で。
流石の輝夜もこの状況が理解できず、後ろを振り向いてみる。

すると、確かに永琳は笑っていた。
いつも見せる、余裕たっぷりで何かを企んでいそうな妖しい微笑みを浮かべ・・・・・・


「・・・・・・な、何がおかしいのかしら?永琳」
「いやぁ・・・・・姫があまりにもこちらの思惑通りに動いて下さるものですから」
「思惑・・・・・?・・・・・・・思惑が破れたのはあなたの方じゃなくて?」
「いえいえ、むしろ私にとって理想的な展開に」

瓶を割った所から白煙が立ち昇っているのが輝夜の目に留まる。
それを吸ったらいけない・・・・・・悪い予感が働き、一歩飛び退くも永琳は妖しい微笑を崩さない。

「姫が奪った瓶・・・・・アレを私が出した時点で、もう姫は私に屈したも同然だったんですよ」
「何・・・ですって・・・・・・・・・!?」
「・・・・厳密には『姫がその瓶を預かり続けない限りは』、ですけど」

永琳がゆっくりと輝夜に歩み寄る。輝夜は永琳が放つ異様な雰囲気に圧され、思わず退いて一定の距離を保ち続ける。
・・・・・・というより、退く事しか今の輝夜にはできなかった。敵意や殺意を振りまいたり怪しい行動をする者に対し、いつもの彼女ならもっと強い態度で臨むだろう。
しかし、今の永琳はどこか違う。全く底の知れない、邪悪なような無邪気なような不思議な笑顔なのだ。
迂闊に手を出せばどんなしっぺ返しを喰らう事か・・・そんな不安に駆られ、輝夜はただ退いていた。

「・・・眠り薬なんですよ」
「眠り・・・・薬・・・・・・・・・・?」
「その瓶の中身ですけどね。でも、ただの薬を私が作るわけがない。ちょっと改良というか手を加えまして・・・・・・」
「手、ですって・・・?・・・・・・うっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」


ドサッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

突如、輝夜が膝から崩れ落ちた。それまで弾幕を張るほど元気だったというのに、だ。
身を起こそうにも体に力が入らず、指の先から瞼に至るまでが鉛のように重い。
どんなに抵抗しようとも、無慈悲な睡魔が全身を蝕み続ける。

「・・・・・・うふふ、早速効いてきましたね」
「な・・・・・何・・・・これ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「眠り薬に痺れ薬を加え、さらに揮発性と皮膚からの浸透性を極限まで高めた・・・・・調合方法は秘密ですけど。
 とにかく、その薬は大気に触れると急速に拡散してあたりの生物を眠らせてしまうんです。
 息を止めても無駄、少しでも肌が露出していればそこから薬が体内に染み込む、つまり・・・・・・」
「・・・そ・・んな・・・・・・・・・・」
「そう、姫が自分で瓶を割ったのはまさに墓穴掘りだったんですよ。でも大丈夫、薬の効果はすぐに切れますから。
 そうですねぇ、大体・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「私が姫を連れて帰る程度の時間しか効果は続きませんよ」
「・・・ぇ・・・・・・・・・・・・・・ぃ・・・・・・・・り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


輝夜の意識は闇に消えた。薄れゆく意識の中、彼女が最後に見たのはゆっくりと歩み寄る永琳の姿。
そして、最後の意識を振り絞って目に焼き付けた永琳もまた妖しい笑顔を浮かべていた。

『楽しみですわ、姫・・・・・・』

独り言だろうか、永琳の声が聞こえる。
『楽しみ』とはどういう事だろう。永遠亭に連れて帰るのが目的ではないのか?
それ以外に目的があるのか?もしそうなら、一体何をするつもりなのか?

・・・・・・しかしその自問に対する答えは得られぬまま、輝夜の耳にはもう永琳の声すらも届かなくなってしまった。










「う・・・・・・・・・・・・・・・・」

不自然な感覚がする。立っているようでも横になっているようでも、ましてや座っているようでもない。
腕・・・・というか肩にはずっと負荷がかかり続けている。両腕を上げさせられている・・・・いや、吊るされている?
痛みにも似た負荷が輝夜の意識を急速に覚醒の方向へ押しやっていく。

「痛ッ・・・・・・・・・あ!?」

そして、意識がついに水面へと顔を出す。


「あら、おはようございます。姫・・・・・・」
「え・・・永琳・・・・・・・・・」
「ウフフ、薬がよく効いたみたいで・・・・・丸一日も眠ってましたわ」
「・・・・く・・・・・・・・・ところで、ここはどこなの?そしてこれはどういう事かしら?」

目を醒ました輝夜の目の前には永琳が、相変わらずの微笑を浮かべて立っていた。ジャラリと鉄の音を鳴らして輝夜が永琳を睨む。
輝夜は両手を封じられ、天井から吊るされ・・・いわゆる『ハンギング・シャーク』の体勢になっている。
手には手錠がはめられていて、しかも鉄鎖で吊るされているのでいくらもがいても外れそうにない。
そして、足がギリギリ地面に付かない程度の高さに吊られているので足を動かしてみても踏ん張れない。つまり蹴る事もできない。
永琳に抵抗するのは無駄な事・・・・・・・・輝夜は割とアッサリ抵抗を諦めていた。

その代わり、永琳に対して強い態度は崩していなかったが。

「どういう事って、さっき申し上げた通りですよ。で、ここはそのための地下室というわけで」
「・・・・・言っておくけど、鞭打ちなんかじゃ私は屈服しないからね」
「姫の御身体を傷つけるような事など決していたしません。その代わり・・・・・・」

言いつつ、すぐ傍の机から注射器を出す。
片手に納まる程度の大きさのシリンダーには透明の液体が満たされており、鋭い針先からは鈍い光を放っている。
輝夜の視線は自然とその針先に向かっていく。

「姫には、もう少し『我慢する』という事を知って頂きたいんです」
「我慢・・・って・・・・・・・・そんな物でどうするつもりよ!?」
「・・・・・まあ、それはこれからのお楽しみという事で。では姫、動かないで下さいね」


注射器を片手に永琳が迫る。逃げられない輝夜は覚悟を決めるしかないが、薬師である永琳が医療器具の類を持つと
彼女の妖しい笑みと相まって誰でも言い知れぬ恐怖を感じてしまう。
輝夜もその例外ではないようで、ついさっきまでの虚勢などとっくに消えてしまっていた。

そして針先を輝夜の首筋に当て、耳元でそっと囁いた。

「痛くしませんからじっとして・・・・・・下手に動くと針が折れて大変ですよ」
「うっ・・・・・く・・・・・・・・・・・・・・!」
「そうそう、その調子で・・・・・・」
「う・・・・うぅぅ・・・・・・・・・」

敵意と怯えを持った眼差しで睨む輝夜を尻目に、永琳は注射針を首筋に潜らせた。
一瞬だけビクンと震える輝夜。しかしその後はおとなしくなり、目を閉じ、息を止め、歯を食いしばりながら
首筋にたゆたう強烈な異物感に耐えている。

「うふふ・・・・・・ちゃんと我慢できてますね、姫。もうすぐ終わりですよ」
「・・・・・うぅっ・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・はい、投薬終わりましたわ」
「・・・はぁっ!はぁっ・・・・・はぁっ・・・・・」



ようやく異物感から解放され、荒い息をする輝夜。首筋がどうなっているのか気になるが、確認するのもままならない。
ただ、感じていたのは最初のわずかな痛みとその後しばらく続いた異物感のみ。

―――注射は頚動脈を狙ったはずだ。それであの程度の痛みという事は、血などほとんど出ていないはず・・・・・・
―――そもそも注射だし。

輝夜はそう考えてほっと一安心し、同時に永琳の技量に驚き、
また仮に永琳が失敗してしまった時の事を考え寒気を感じていた。

そして、一難去ったらこっちのもの・・・とばかりに輝夜の表情に力強さが戻る。

「・・・・・・何の薬かしらね?私が死なないのをいい事に毒薬か、それとも幻覚剤?」
「まさか、姫に毒を盛るなんてそんな事・・・もっと素敵な物ですよ。もうすぐ効果が出るはず・・・・・・」
「素敵な物・・・・・?」
「うふふふふ・・・・・・・・」

またしても微笑を返す永琳。
彼女の微笑にはどういう意図が込められているのだろう、そもそも意図など込められているのだろうか・・・・・・
少しずつ落ち着きを取り戻しながら輝夜は何となく思考を走らせ―――





「・・・・いぃっ!?」

その思考は、身体の芯より生まれ出た脈動によりあっけなく遮られた。


「な・・・・何よ、何なのよっ・・・・・・・!?」
「始まりましたね・・・・・」
「始まっ・・・・・・た・・?・・・・・・くっ!」
「薬が効いてきたんですよ。もうすぐその効果が・・・・うふふ」

冷や汗をかき、身をよじり、足をバタつかせ・・・・・・それでも輝夜の内より生まれた脈動は止まらない。
それどころか『それ』はますます大きくなり、輝夜の心から余裕を奪っていく。

「かはっ!あっ、あぁ・・・・い・・やぁ・・・・・・・・・永琳・・・永琳・・・・・助けて、えいり・・・・・・・・・・」
「うふふふふ・・・・・・・・・・・ダ・メ♪」
「そん・・・・なぁ・・・・・あっああぁぁぁぁぁぁっ!?」


腰を突き上げ、輝夜がひときわ大きな悲鳴を上げる。



そして、自らの身体に起こった『変化』に彼女は目を丸くした。

(next)





















あとがき

輝夜と永琳の口調が掴みきれてません('A`)
特に永琳、輝夜と話す時はどうなるんだろうねぇ・・・・・・咲夜と妖夢が混ざって微妙な感じ。
で、最後の方の輝夜の懇願は竹t(ry
ジョークですよ。うん、ジョーク。

書いた人:0005


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Last-modified: 2018-01-07 (日) 04:56:13 (2298d)