暗い森を駆け続けたリリカは、足を止めて息を整えた。
「はっ……はっ……」
辺りはひっそりと静まり返り、時折木の葉が揺れる音しか聞こえてこない。
もう少し歩くと、小さな岩がある広場に出る。そこで一休みしよう……。
そうリリカが思った時、遠くから微かな歌声が聞こえてきた。
「誰かいるのかな?」
リリカは引き寄せられるように、声のする方へ歩いていった。
歌詞でもなく、呪文の詠唱でもない。ただメロディーだけが風に乗って流れている。
湿った地面が乾いたものに変わり、リリカは開けた広場に出た。
そこには、先客がいた。
差し伸べた白い指先に小鳥をとまらせ、一人の少女が岩にもたれている。
近づこうとしたリリカの足元で小枝が折れ、小さな音を立てた。小鳥がぱっと舞い上がる。
「あ………」
少女は小鳥を見送ると、歌うのを止めてリリカの方を向いた。
短い金髪に透き通るような白い肌。黒い大きな瞳は、深い陰影をたたえていた。
アリス・マーガトロイド。
森に一人で住んでいる変わり者、というのが周りの評判だったが、
リリカ自身は町で2、3度すれ違ったことがあるだけで、特に親しくしている訳では無かった。
アリスは無言で、こちらをじっと見つめている。
「ご、ごめんなさい、邪魔しちゃって」
「いいのよ別に。良かったらこっちに来ない?」
アリスは前髪をかき上げると、リリカを招いた。リリカはおずおずとアリスに並ぶ。
「………」
リリカは何を話したらいいのか分からなかった。そっと様子をうかがうと、アリスは流れる白い雲を見上げている。
「無理する必要は無いのよ」
「え」
「私はあなたの事を良く知らないし、あなたも私を知らない。和気あいあいとする方が不自然だわ」
そっけなく言うと、アリスは顔だけをリリカの方に向けた。
「まだ自己紹介していなかったわね。私はアリス・マーガトロイド」
「リリカ・プリズムリバーです。よろしく、アリスお姉ちゃん」
「アリスでいいわよ。よろしく」
それきり会話は途切れた。木々を渡る風の音だけが二人を包む。
「あ、あの、あの……」
リリカは戸惑う。いつもは誰とでも億面なく話すリリカだが、アリスの雰囲気に気圧されて言葉が出てこないのだ。
「一生懸命なのね、あなた」
ほんの少し柔らかい口調で、アリスが言った。
「じゃ、私から質問するわ。どうして泣いていたの?」
リリカはついさっきまで泣いていたことを思い出して、慌てて目の下をごしごしと擦った。
頬にアリスの手が伸ばされる。ひんやりとした感触に、リリカは身をすくませた。
「駄目よ。そんなに擦ったら傷がつくわ」
アリスの髪からコロンだろうか、微かに甘い香りがする。
「あ……」
リリカは近づいてくるアリスの瞳に釘付けになっていた。金縛りにあったように、身動きが取れない。
頬に冷たい唇が触れる。リリカは、柔らかい舌が涙を舐め取るのを感じた。アリスの唇はそのまま頬を
なぞって降りていき、リリカの唇に重なった。
「!」
軽いフレンチキス。
だがそれだけで、リリカの鼓動は早まった。微かな鼻息がリリカの顔をくすぐる。
リリカの帽子が軽い音を立てて地面に落ちた。アリスは唇を押しつけたままじっとしている。
震えるリリカがアリスの背中に手を伸ばそうとした時、スッとアリスが身を離した。
「……はーっ、はーっ……」
リリカが大きく息をつく。それを見てアリスは微かに笑った。
「キスは初めて?」
「は、はい」
帽子を拾うのも忘れて、リリカは答えた。
「ふふ。さっきの話だけど、答えたくなかったら別にいいわ。他人には話したくないこともあるものね」
一瞬アリスの瞳に寂しげな色が宿ったが、リリカがまばたきをした時にはまた元の無表情な瞳に戻っていた。
「あ、あの、アリスお姉ちゃんはいつも一人でここにいるの?」
アリスは口を開きかけ、しばらくして言った。
「……私はいつも独りでいるわ。ここには、気分転換で良く来るの。今日は待ち合わせだけど」
「待ち合わせ?」
「あ、来たみたい」
アリスが、リリカの頭越しに向こうを見た。
「よう、アリス。待たせて悪いな」
そう言って広場に現れたのは、大きな帽子をかぶった、黒マントの少女だった。
霧雨魔理沙。
この界隈で知らない人はいない有名人。アリスと同じ金髪で、少しきつい目をしている。
どちらかと言うとリリカが苦手なタイプだった。
魔理沙は落ちている帽子を拾い上げると、リリカの頭にのせた。
「この娘は?」
「リリカさんよ。プリズムリバーのお嬢さん」
「ああ、あの演奏家の姉妹か。ふーん」
魔理沙はリリカの頭から足先までジロジロ眺めた。リリカが赤面する。
「……じゃ、アリス、行こうか」
魔理沙はそれ以上リリカに興味が無いようだった。アリスが傍らに置いていた本を取り上げる。
「ええ。それじゃさようなら、リリカさん」
アリスは会釈をすると、魔理沙と連れ立って森の奥へ消えていった。
2人が立ち去ると、リリカはため息をついて岩に背を預けた。
(アリスお姉さん……すごく綺麗な人だったな……。
 魔理沙さんはアリスお姉さんの友達なのかな……。そ、それとも……こ、恋人かな……?)
先程の感触が蘇り、リリカは自分の唇をそっと指でなぞった。
「ファーストキス、だったっけ」
不意打ちのようなキスだったが、ちっとも嫌な感じはしなかった。むしろ、もっともっとしたかった。
「アリスお姉ちゃんと、友達になれたら、いいな……」
リリカは呟いた。


屋敷へ戻った時には、既に日は暮れていた。何となく重い気持ちで、リリカは玄関の扉を開ける。
「どこへ行ってた、リリカ。心配してたんだぞ」
「そうよ。お姉ちゃんも心配したのよ」
居間から慌ててルナサとメルランがリリカを出迎えたが、リリカには姉たちの言葉がやけに白々しく感じられた。
心配しているのは、私のことじゃなくて、私がお姉ちゃんたちのやってることを見たかどうかなんだ。
姉たちがしていたことは、もうどうでも良かった。ただ、自分に隠れてしていたことが許せなかった。
そう考えると、姉たちが自分の顔色をうかがっているようで無性に腹が立ってくる。
「お腹減ってるでしょ? 早くご飯にしようよー」
「……もう寝る」
そう言い残すと、リリカは姉たちに背を向けて自分の部屋に入ってしまった。
(やっぱり、見られていたか……)
ルナサは腕を組むとうーん、と唸った。
「やー、アノ日なんじゃないの? ルナサ姉さん」
メルランがカラカラと笑った。
「馬鹿」
こんな時はメルランの能天気さがうらやましい、とルナサは思う。

リリカは机に突っ伏しながら、今日一日の出来事を考えていた。姉たちのこと、森で出会ったアリスのこと。
(アリスお姉ちゃん……)
他人を拒絶するような、それでいて求めているような……寂しげなアリスの瞳が脳裏に焼きついて離れないのだ。
「はぁ……」
自然とため息が漏れる。アリスとのキスを思い出すたびに胸がどきどきする。そして、身体にむずがったいようなものが走る。
(あ……)
リリカの手が、自然とスカートに伸びていた。
(昼間あんなにしたのに……私、やっぱりいやらしいのかな……)
手がスカートの中に潜り込もうとした時だった。部屋の扉が急にノックされた。
「な、何!?」
リリカは思わず飛び上がった。声が裏返る。
「私だ。体調、良くないのか?」
扉越しにルナサの声がする。リリカは返事をしなかった。いや、声が出てこなかった。
「その、なんだ、夜食作ったから、良かったら食べてくれ」
「………」
「じゃ、おやすみ」
遠ざかっていく足音。足音が聞こえなくなると、リリカはそっと扉を開けた。床に銀のお盆が置かれている。
大好きなホットケーキ。ちょっと焦げているけれど。
本当はルナサは料理があまり得意ではない。それなのに、意地を張っている自分のために夜食を作ってくれた。
(ルナサお姉ちゃん……)
リリカは音がしないように盆を持ち上げると、部屋の扉を閉めた。

ルナサはなかなか寝つけないでいた。リリカが気になって仕方ないのだ。
昼間のことを見られていたのは間違いない。それで、リリカがショックを受けているのも。
「駄目な姉だな、私は。妹にかけてやる言葉も思いつかないとは」
寝返りを打ちながら、ルナサは自嘲する。
その時、ルナサの足元で布団が動いた。
「だ、誰だ!?」
ルナサは思わず身を固くした。布団が盛り上がり、枕もとに移動してくる。
「ばあ」
布団から顔を出したのは、リリカだった。悪戯っぽく舌を出す。
「ルナサお姉ちゃん……一緒に布団に入ってもいい?」
「いいも何も、もう入ってるだろう」
ルナサは布団をかけなおしてやると、リリカに向かい合った。
「さっきはゴメンね」
リリカがしおらしく言う。
「いや、私も悪かった。リリカはもう思春期なんだから、もっと気を遣うべきだった」
「私が悪かったの。黙って覗いたりしたから……」
「そうか。やっぱり見てたんだな」
「………」
「……あ!」
突然ルナサが声を上げる。無遠慮なリリカの手が、いきなり股間をまさぐったからだ。
「あれ? おちんちん、無いよ……?」
「こら、リリカ!」
「昼間見たときは確かにあったのに……」
「それは、なんだ……まだリリカには少し早い」
「えー、ずるーい、教えてよ」
口を尖らせるリリカ。そんなリリカを、ルナサは優しい目で見つめていた。
「リリカの心の準備ができたら、ちゃんと教える。ただ、これだけは言っておくぞ。別にこれは、いやらしいものじゃないんだ」
「でも、イヤラシイことにつかうんでしょ?」
「なっ……」
思わずルナサの頬が赤くなる。
「言うようになったな。メルランの影響か?」
「メルランお姉ちゃんと、いつもあんなことしてるの?」
これ以上リリカに言葉を紡がせないように、ルナサはリリカを抱きしめた。
「今日はもう寝よう。久しぶりにお姉ちゃんが一緒に寝てやるからな」
「……うん。ホットケーキ美味しかったよ、ルナサお姉ちゃん……」



ベッドが、微かに布ずれの音を立てる。
魔理沙はアリスに腕枕をしながら、ゆっくりとアリスの髪を撫でていた。
「なあ」
ふと、魔理沙が問いかける。
「何?」
「昼間のあの娘だけど」
「……ふふ」
アリスが笑うと、魔理沙は手を止めた。
「何がおかしいんだ?」
「気になる?」
「………別に」
魔理沙はアリスの視線から顔を背ける。アリスは目を閉じたまま言った。
「私達の関係に、焼きもちや嫉妬は無縁だと思っていたわ。だから笑ったのよ」
魔理沙は、無言でアリスの汗ばんだ額に張りついた前髪をかき上げた。
「明日は早いんでしょう?」
「ああ。今度は少し長くなる」
「……身体に気をつけてね………じゃ……おやすみ……」
そう言うとアリスは静かに寝息を立て始める。アリスの頬に軽く口づけると、魔理沙は天井を見上げた。
今日のアリスの様子はいつもと少し違っていた。
話をしている時も、アリスを抱いている時も、ずっと感じていた。
だがそれは、魔理沙が考えても詮無きことなのだ。
(……あの娘……アリスとキスしてた……)
魔理沙は、アリスの肩に回した手に強く力を込めた。


おしまい





あとがき……のようなもの
こんにちは、ネチョスレ丁稚の妹よーかんです。


私は、東方キャラで妄想するのが大好きです。
私は、ネチョスレを見るのが大好きです。
私は、ネチョスレの皆さんが大好きです。
私は、妄想電波を感じるのが大好きです。


もし宜しければ、次回もお付き合いください。


2004.5.20 妹よーかん















それは、悪魔のささやきだった


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Last-modified: 2018-01-07 (日) 04:56:13 (2294d)